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出会い
「亀のように鈍い俺だけど、いつかきっと大成するって思っていたんだけどね。そんな自分の名前のような展開は結局無かった」
寂しく笑みを浮かべながらツナサラダを突く大成。
「う~ん・・・」
返す言葉が無い店主は複雑な表情をしていた。
「でも小説は書き続けなよ。それがカメちゃんなんだからさぁ」
慰める言葉をようやく拾い上げて励ます。
「いや、もうこれで止める。そのお祝いなんスよ今日は。そうに決めていたの。どっちに転がっても森伊蔵は飲んでやると」
ニコリと大成は微笑む。
「そうかぁ・・・。あっ、いらっしゃいませぇ」
別の客が入って来た。季節は肌寒くなってきた初秋の夜なのに、入口から春の暖かい空気と独特の香りを感じた大成。
「ん・・・?」
目の前がクリアになったような感覚があった。
「空いているお席へどうぞ」
一人で入って来た男は初めて見る顔だ。空いている席といってもカウンター3席と小さな4人掛け席2つしかない。男はキョロキョロとしてから大成の隣の席に来て「ここいいですか?」と大成に聞いて来た。4人席に一人では申し訳ないと気を遣ったのだろうと想像できた。
「ええ、どうぞどうぞ」
イスに置いたバッグをどかして足元に下ろす大成。そこに申し訳なさそうに腰を掛ける男は店主の手元に置いてある森伊蔵に目をやる。
「あれ? 森伊蔵があるんですか?」
と店主に尋ねた。
「あっ、スンマセン。これはお隣さんのキープでして、これだけなんです」
ペコペコとする店主に、
「いいよ大将、一杯出してやって。俺の奢りで」
と隣の男に会釈する大成。それを聞くと驚いた顔をして男は、
「とんでもないです、こんな高いお酒。初対面の僕になんか奢らないで下さいよっ」
と謙遜する。爽やかでハンサムな男だ。歳は20代後半ほどだろうか。
「初対面だからですよ。ここは常連客のたまり場でお兄さんのようなお客さんが来ることはめったに無いんですから、何だか嬉しいんです。ねっ大将」
ニコリとして店主に同意を求める大成に、
「はぁ・・・。でもいいの?」
困って店主は聞き返す。
「いいの! 今日はお祝いなんだから」
「じゃあ、お作りします。水割りでいいですか?」
「ホントにいいんですか?」
男は目を見開いて大成の顔をマジマジと見る。
「だから、いいの!」
「お祝いなら遠慮なく頂きます! まずはロックで味わいます。その後に少し水を足しますっ」
その言葉に大成はピクリと反応した。
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