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二つの影
灰色の空が、眼下に広がる街の景色に暗い影を落としていく。
湿気を含んだ空気は、時間さえも鈍らせてしまいそうなほど、重く足元に沈んでいた。
誰もいるはずのない山奥で、黒い影が二つ浮かび上がる。
「……どうした、右近」
男は唸るような声で呟くと、黒いコートのポケットに両手を忍ばせる。その隣には、同じような服装をした別の男が立っていた。
「……妖怪の匂いがする」
するとその言葉を聞いた最初の人物が愉快そうに笑う。
「そりゃもちろんするだろう。この街にも、数多くの妖怪たちが住みついておる。それに、わしらだって妖怪だ」
「違う……もっと強い妖気。しかも、天厄の匂いだ」
その言葉に、男は笑みを無くすとぎょろりと目を見開く。
「まさか……、『龍の子』か?」
怒りを込めたその強い口調に、「かもしれん」と右近と呼ばれる人物は低い声で答える。
「……だとすれば、急がねばならん。しかも、直に雨が降る。親に見つかれば、この街も我々も、ただでは済まんぞ」
「ああ、わかってる」
彼はそう答えると、ぐっと右手の拳に力を入れた。黒い革の手袋が、悲鳴を上げるようにみしっと音を立てる。
「それと、主人様の匂いがない」
「……主人様は長い間、大病を患われておられた。おそらく……もう生きてはいまい。だからこそ、我々でこの土地を守らねばならぬ」
男はそこで一呼吸置くと、再び強い口調で口を開く。
「右近、おぬしは西から探せ。わしは東から探る。よいな、何としてでも見つけ出せ。龍がこの空の上で泣き出す前に……」
そう男が告げると、二人の周囲を突如風が包んだ。それと同時に、人の形をしていたはずのその影は、砂のように崩れていき、風の中へと溶けていく。
直後、竜巻のように渦を巻く風の中から、二つの塊が左右に散らばり、目にも留まらぬ速さで街の方へと飛んで行った。
その姿はまるで、獲物を追う、二頭の化け狐のように。
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