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乗り越えた先は。
本当に魔が差していたんだ。
コンビニで化粧品の棚の小さな鏡で映った自分を虚ろな目で見上げた。真っ黒な癖っ毛で顔もそばかすだらけ。左足が不自由なため何もないところで躓く事は日常茶飯事。そして今はとても親に言えるはずもない点数のテストが右手の鞄に入っていて、左手は汗ばみ堅く拳を作っていた。
見慣れている自分の姿もこの日は普段よりなお醜く見えた。
店前では同校の男女数人が楽しそうにしゃべっていた。
まるで正反対の世界の人達。
僕は落ちこぼれの中でも底辺だ。
何を思ったかふと目の前にあった桜色のリップを手に取った。
自分以外は全てが鮮やかに見えた。
しばらく見つめるとポケットに入れた。
もちろん、いつもこんな事をしているわけじゃない。
でもこの時はおかしかったんだ。
全てがどうでも良くなっていた。
「へぇ〜…」
誰もいないはずの背後から声が聞こえ体が固まった。カタカタと鞄が震えじっとりとした汗が額の生え際に滲む。
見ら…れた……?
恐る恐る振り向いたそこには、不良グループのトップときく同じクラスの神楽という男だった。金色の短髪にピアス。広い肩幅に青い目。
ハーフだ。
今この瞬間がないと一生関わりがなかっただろう。
「お前見た目によらず、なかなかやるじゃん」
笑ったその顔にゾクリと背筋が凍った。それから彼はすぐ仲間の元に帰って行ったが、ポケットの手の中で沸騰しそうな程熱くなったリップは棚に戻す事が出来ず、レジに立ちお金を払った。
これは犯罪じゃない。
ちゃんとお金は払った。
悪い事なんてしてない。
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