100秒に1度、タイトルを確認する話

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100秒に1度、タイトルを確認する話

 「なんだ、このタイトル」  顎ひげを蓄えた細身の青年が呟いた。  彼はコンビニでアルバイトをしている。東京で一旗揚げてやろうと実家を飛び出し、ミュージシャンの夢を追いかけ続けて11年。語呂では「イイ」となるが、現実はそうイイものではなかった。コンビニのアルバイトを始めてからも11年が経っていた。  彼は3人編成のバンドでボーカル&ギターを担当している。その日は、彼にとってとても大事なライブがあった。若手バンドが一堂に会し、1年間かけて行われる勝ち抜き戦の決勝の日。優勝すれば、大手レーベルからメジャーデビューができるというもの。彼のバンドはなんとか決勝まで漕ぎ着けた。しかし、若手の中に一組だけいる中堅バンドである。非難の声をかけられ、哀れみの目を向けられた。とても悔しかったが、彼は耐えた。そして、決勝当日。彼はボーカル&ギター&ベース&ドラムス担当になっていた。元ベースは転んで指を骨折し、元ドラムスはただただ寝坊した。大会の結果は言うまでもない。  翌日、彼がいつも通りに店内を清掃していたら、1冊の本が目に留まった。 『100秒に1度、タイトルを確認する話』 彼は、なかなかおもしろそうなタイトルじゃねえかという思いを顔に浮かべた。浮かべた思いを沈めてみた。沈められた思いが真剣に彼を見つめている。見つめられた彼が、照れくさそうに破顔した。  「ふっ」  ある工場の休憩室。小太り中年親父が鼻から息をもらした。  彼は高卒で小さな自動車工場に就職した。同期はいなかった。彼は20年間という月日を工場内で過ごしてきた。しかし、後輩からは慕われていなかった。彼はケチだった。それに加え、さぼり癖もあった。以前、会社の飲み会があった。彼がケチでさぼり魔だということを知る後輩たちは彼が来ることを拒んだ。カンパニー・プチ・ストライキだ。その話が社長にまで届いた。しかし、飲み会には彼の姿があった。なぜなら社長は彼を愛していたからだ。彼が入社して間もないころ、社長は社長になった。社長はずっと昔から社長になりたかった。今、その夢が叶った。そしてそれは、彼が入社して間もない頃のことだったのだ。そう、たまたま。たまたま、彼が入社して間もない頃に社長は社長になれたから、社長は彼を愛しているのだ。だから、カプスなんて、なんのその。  彼は今日も休憩室で休憩していた。彼は、フリーペーパーに描かれているボーカル&ギター&ベース&ドラムスの青年を少し小ばかにするように鼻で笑った。 『100秒に1度、タイトルを確認する話』 というタイトルのフリーペーパーが少し揺れた。揺れたフリーペーパーは自らがフリー、つまり無料であるということを再認識した。急に恥ずかしさを覚えたフリーペーパーは、ぐしゃぐしゃに丸まって空を移動した。暗い円筒の中で一晩中涙を流した。やがて涙は円筒から溢れ出した。フリーペーパーはまた光を感じることができた。涙の船だ。船はフリーペーパーを乗せて地下水路へと進む。一歩一歩、進む。少しずつ。少しずつ。フリーペーパーは、空を移動した方が早いのになと思った。  「あはははは!」  笑うだけでは足りず、少年は部屋中を縦横無尽に転げ回り飛び跳ねた。彼にとって、初めての読書体験だった。彼が親のスマートフォンを借りて大好きなユーチューブを観ていたところ、広告が流れてきた。 『100秒に1度、タイトルを確認する話』 好奇心に促されるままその文字を押すと、小説ブログにジャンプした。その後、現実でもジャンプをした少年はスマートフォンを勢いよく踏んだ。画面が割れた。まずい。叱られる。少年の顔が少しこわばる。どこかに隠さなきゃ。  洗濯物を干し終えたばかりの少年の母親が、今度は少年を干し始めた。原因は赤いカーペットの下にあった。カーペットの一部が明らかに凸になっていたのだ。カーペットの端がめくれて白い裏地が三角の形になっていた。次は何の動画を観ようかなと少年は思った。  「んん。なるほどな」  左手にコーヒーを。右手に新聞を握りしめている老人が唸る。それはそれは唸る。1時間が過ぎた。唸って、1時間が過ぎた。度の強い厚い眼鏡をかけた夫人が眉をひそめながら老人を凝視していた。それはそれは凝視していた。1時間が過ぎた。凝視して、1時間が過ぎた。ペットのゴールデンレトリーバーが夫人に吠える。それはそれは吠える。1時間が過ぎた。吠えて、1時間が過ぎた。ゴールデンレトリーバーの抜け毛が床に落ちる。それはそれは落ちる。1時間が過ぎた。落ちて、1時間が過ぎた。抜け毛を乗せて風が舞う。それはそれは舞う。1時間が過ぎた。舞って、1時間が過ぎた。風でコーヒーが冷める。それはそれは冷める。1時間が過ぎた。冷めて、1時間が過ぎた。時間が過ぎる。それはそれは過ぎる。過ぎて、1時間が過ぎた。その時、老人が唸るのをやめた。冷めたコーヒーに口をつける。何かの毛が入っていて思わず噴き出した。噴き出したコーヒーは新聞の小説のタイトルにかかった。 『100秒に1度、タイトルを確認する話』 その文字が滲み、夫人は老人を凝視することをやめた。  「いや~おもしろいねぇ」  ここはエブリスタの会議室。審査員たちがはじける笑顔を交わす。  今日はエブリスタの公式コンテストである「妄想コンテスト」の最終審査の日。今回のテーマは「100」。「100」についての文章が優に100を超える数届いていた。沢山の作品を前に審査員たちは悩んでいた。どれもいいんだけど、なんかパンチがないよな。もっと刺激が欲しい。100回目にふさわしい革命的な文章はないのか。審査員たちは少し残念に思っていた。すると、一番の若手審査員が喜びの声を上げながら手を挙げた。若手審査員に促されてその作品を読んだ審査員たちは皆、笑いと感動に包まれた。  黒くなったホワイトボードが部屋の真ん中に佇んでいる。そして「エブリスタ賞」という文字の右横にはこう書かれてあった。 『100秒に1度、タイトルを確認する話』
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