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2.
数日後。
一応テストに受かったらしい俺は、翌日から雑用に従事していた。
最初はルイスの為なんて思って、意欲的にこなしていたが、同じ事を繰り返していると、さすがに嫌気がさしてくる。
大きく溜め息をし、与えられた机に突っ伏す。
二人とも交渉とか言って事務所に居ないのもあって、余計にやる気が出ない。
「・・・本当にこんな事やる必要あんのかな・・・?」
書類整理して、リストに入力して、棚にしまう。
今時、紙で残しておく必要があるのだろうか。きちんとバックアップしておけば、大丈夫だと思うのだが・・・ルイスには何か考えがあるんだろう。
背もたれにふんぞり返り、リストをスクロールする。
会社を設立した時から作られていて、この会社の歴史だ。
最初は、本当に簡単な内容で、だんだんと難しい内容に変化していき、数年前にまでなると、どうやって二人でやったのだろうと思う内容が並んでいた。
気付くと次から次へと棚から書類を取り出し、夢中になってめくっていた。
突然、背中に誰かが覆いかぶさって来た。驚いた俺は変な声を出す。
「んふふふふっ、何その叫び声」
「なんだチャックかよ・・・。心臓痛いわ」
「まだ、こういうの苦手なの、アレクは?」
「ちょっと、それで呼ばないでって言ってるじゃん。あれ、ルーは?」
「残ってる」
「何で置いて来たの!?」
「だって、一人で大丈夫って言って聞かないんだもの」
「・・・あんたさ、分かってんの? あいつはさー・・・」
「ルーを狙ってる」
「だったら!」
「俺が何もしないで戻って来ると思う?」
確かに。
そうですよね、あんたがルイスの事で油断する事は、絶対にないですもんね。
「・・・ですよねー・・・」
「わかればよろし」
んふっと笑い、頬にキスをしてくる。
「やめろて」
「耳のラインが、ルーとそっくりだよねぇ・・・」
どこかうっとりとした口調でそう言いながら、耳元にキスをされる。
そんな耳元でそんな事されたら、その気が無くてもその気になってしまうのは、俺が若いからだろうか。
「なに、誘ってるの?」
「さあ?」
くすくすと笑いながら、耳元のキスを首筋に下ろしてくる。
チャーリーとは、兄のルイスを取り合う恋敵ではあるが、同時に愛し合ってもいる。
小さい頃、俺はこの人が苦手だった。
兄を独り占めしてしまう共同経営者で、そして、意地悪だった。
虫も殺さないような顔をしている癖に、自分にとって価値が無いと思った瞬間、さくっと切り離す。兄の仕事を扉の隙間から伺っている時、そんな現場を何度も見かけた。
俺が大学に入った頃、チャーリーにその事を伝えたら、ひどく驚いた顔をされ、次いで、妖艶に笑った。
その笑顔が綺麗で、なぜか兄のルイスの笑顔と重なり、気付いたらこの人にも恋をしていた。
だから、こういう関係になるのはあっという間だった。
ルイスはたぶん気付いていない。いや、こういう関係があるという認識すらないのかもしれない。とても純粋な人だから。
「ん・・・うっ・・・」
「はあ・・・っ。今日はどっちがいい?」
「上」
「また?」
「いや?」
「でかい男を組み敷いて楽しいの?」
「すっごい楽しい。お前可愛いもん、アレク」
「だから、それで呼ぶなって」
「ほら、可愛い」
チャーリーは自分より10cmは身長が高くて肩幅も大分広い俺に、そんなことを言う。
顔を赤らめると、目元にキスを落としながら、再び可愛いと囁いた。
口づけをかわしながら、互いのベストやシャツに手をかけ始めた時、事務所の扉が勢いよく開かれ、そして閉じられた。
どうもルイスが帰って来たらしい。
チャーリーはさっさと身支度を整え、ルイスの元に向かう。俺も慌ててその後を追った。
ルイスは荒れていた。
俺は初めて見たそんなルイスの姿に驚きを隠せない。
いつも冷静沈着で、でもどこか抜けててほんわかしていて・・・なのに、今は机の上に書類を手当たり次第に崩して回っている。
チャーリーは何とか止めようとしているが、20cm近い身長差は伊達ではない。腰に引っ付いている子供の様にしか見えない。
「ルー! どうしたのさっ!」
物音に負けない様に声を張り上げるが、ルイスはこちらに目を向けようともしない。
ちっと舌打ちをし、ルイスの肩を正面から掴む。
身長は少し低いけど、力はこっちの方がはるかに強い。暴れるルイスを無理矢理椅子に座らせると、途端に大人しくなった。
がっくりと項垂れたルイスの所に椅子を持ってきて、周りを囲む。
頭を抱えて座り込んでいるルイスの背中を擦ると、徐々に落ち着いてきたようで、顔を上げ背もたれにもたれる。
「わりぃ・・・」
そう言って目を瞑る。
「兄貴・・・?」
名前ではなくそう呼ぶと、そのままの姿勢でふふっと微笑んだ。
「久しぶりだな、お前にそう呼ばれるの」
「そうだっけ?」
「そうだよ。・・・ね、チャック」
「何?」
「チャックの言う通りだった。今後は一切、あいつと取引はしない」
「分かって頂けてなにより。・・・潰していい?」
「・・・任せる」
「任された」
額にキスを一つ落とすと、ギラリと目を光らせ自分の机に座る。そして、PCを立ち上げると物凄い勢いで何やら打ち込み始めた。
しばらくその様子を見つめ、再びルイスに向き直ると、ルイスはじっとチャックをみつめたままだった。
その瞳は、どこか悲しそうだった。
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