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3.
アルバイト開始から一ヶ月が経過した。
チャーリーの下に付き、パソコンを教わり始めていた。
「・・・お前、実はバカだろ?」
「ひでぇ・・・」
「俺は優しいよ。知ってるでしょ?」
「知らね」
「なんだと?」
「ね、もう一回ここ教えてよ」
「教えて下さい」
「教えて下さい、チャーリー様」
「やだね」
チャーリーはそう言うと席を立つ。俺はすかさず腰に縋り付く。
そんな俺を侮蔑した表情で見下ろすと、
「ルーは、一回で覚えたよ?」
と言った。
「兄貴と俺は違う」
「じゃあ、君は彼に何で勝てるの?」
「・・・・・・」
手を離した。
チャーリーはにっこりと笑うと、俺の頭をよしよしと言いながら撫でまわし、
「お昼行ってくるわ。戻ってくるまでやっとけよー」
と言って事務所を後にした。
「あれ、出来たんだ?」
昼から戻って来たチャーリーが開口一番、心底驚いたと言う様にそう言った。
「何やらせたの?」
「これ」
チャーリーが戻って来る少し前に帰ってきていたルイスが、昼食を頬張りながらチャーリーの指差すモニタを覗き込む。
そして、ちょっと目を丸くした。
「これをお前が?」
「やった。なんで?」
「いや・・・」
「これねー、実は結構難しいのよ。初心者には無理かなーって思ったんだけど、出来ちゃったねぇ」
「・・・は?」
「まさか本当に一回教えただけで出来るとは思わなかったよ。いやあ、本当、この兄弟は天才だわ」
「すみません、チャーリーさん。話が分かりません」
「お前はお利口さんだよ」
と、頬にキスをしてきた。
それをルイスが見て、軽く眉を寄せたのが目に入る。
「ちょ、やめろよ」
「なんで」
「飯、食ってんだけど?」
「おかずにならない?」
「・・・チャーリー・・・?」
ジトリとねめつけられるが、チャーリーは飄々とした表情でルイスの側に移動すると、俺にしたようにキスをした。
「やめろって、飯食ってるって」
「おべんと付いてた」
「え、嘘」
「うん、嘘」
「・・・・・・」
(あ、キレた)
ピタリと動きを止めたルイスは、表情の無くなった顔でじっとチャーリーを見つめる。方頬を膨らませて停止している姿は、何だか普段とギャップがあり、可愛らしい。俺がちょっと吹き出すと、ガタリと音を立て立ち上がり、奥の部屋に足音高く引っ込んでしまった。
「チャーリーさん、やりすぎだから」
「でも、可愛かったでしょ?」
「うん。ギャップ萌え」
二人でにやにやとルイスが閉じ籠った部屋を見つめた。
その日を境に、ルイスは俺を連れて外出する事が増えた。
チャーリーにやらされた事が影響しているのは分かっているけれど、なぜあれがそんなに影響力があるのか理解できない。
とはいえ、ルイスと一緒に居られるのは単純に嬉しい。
そして、何でかルイスは、俺の腕に手を絡めてくる様になった。恋人同士の様にくっつくわけではない。しかし、今まで以上に距離は近く、時折ルイスのコロンが薫る・・・そんな距離。
いちいち説明はしないが、俺にも分かり易いように話を進めて居るのを感じる。見て覚えろ、というやつだ。
回数が増えるほどに色々な事が見えてきて、どんどん楽しくなってくる。そして、ルイスの凄さをひしひしと感じ、それと同じくらい誇らしくなった。
ルイスは俺にエスコートされる様に歩くのがいつの間にか普通になり、距離はどんどんと近くなった。しかし、なかなかチャーリーの様に頬にキスはさせてくれない。
そこは残念で仕方がないけれど、焦りは禁物。今まで散々待ったのだ。もう少し待つ事なんて、簡単だ。
気付けば、この界隈の名物兄弟として、ちょっとした有名人になっていた。まあ、そもそもルイスはこの辺では有名人だ。
だってそりゃあ、長身で中性的な美しい人が居たら、誰だって気になるに決まってる。声も低く優しい音色で・・・この声に落ちない人間は居ないのではないだろうか。現に俺はこの人全てに惹かれ、欲しくて欲しくて堪らない。
「じゃあ、一人でやってみようか」
「え、マジ?」
「うん。まあ、ネット取引だけど、今のお前ならこの位大丈夫なはずだ」
「・・・うん」
「チャックがサポートに入ってくれる。大丈夫、お前ならやれる。さあ、座って」
アルバイトを開始してから半年が経過していた。
PCの前に座らされる。画面には、先程までルイスがやり取りしていた内容が表示されたままだ。
中身は頭に入っている。
毎日の様にチャーリーから教わっているPCスキルも、身についているはず。しかし、緊張で手に汗が滲み出てくる。呼吸も何だかいつもより浅い気がする。
そんな俺の背中に、ふわりとルイスが覆いかぶさってきた。そして、ぎゅっと抱きしめられる。
「大丈夫、お前ならやれる」
耳元で、いつもより低めの声が響いた。腰骨の辺りがぞくりとする。
チラリと目をやると、程近くにルイスの顔があり、ドキリとする。
青く光る瞳がじっとこちらを覗き込んでいて、その瞳に見つめられると、すっと緊張が落ち着くのを感じた。
小さく頷き、もう大丈夫という事を伝えると、ふわりと微笑み体を離した。そして、ぽんと背中を叩かれ、数メートル離れた席に腰を下ろす。
深呼吸をして、パシリと右手の拳を左手で受け止める。視線を上げると、チャーリーと目が合った。にやりと細められた瞳に頷き返すと、キーボードに手を伸ばした。
「ふぃーっ」
「お疲れ、ザン。結構やるじゃない」
「おっかない先生が教えてくれたからね」
「おっかないって、僕の事?」
「さあ?」
「ザン」
後ろから、しっとりとした声が聞こえたかと思うと、ルイスが俺を横から抱きしめてきた。驚いて顔をそちらに向けると、唇の程近くにキスをしてきた。しかし、「うわっ」っと、当の本人が驚いて体を離す。その顔は真っ赤だ。俺もつられて赤くなる。
チャーリーが、何やってんのよと笑う。
「い、いや・・・チャックの真似をしようとして・・・」
狼狽えている姿が何とも愛らしい。とても三十歳の男性とは思えない。しかし、それがルイスで、俺の兄で・・・。
「うわっ!? ちょっ、ザンっ!?」
衝動のままに正面から抱きしめ、驚いて見開かれた瞳を覗き込むと、薄く開いている唇に深く口づけた。
チャーリーが口笛を吹く。
驚きでルイスが固まっているのをいい事に、俺は口内を犯す。舌を絡め、歯列をなぞる。夢中になっていると、抱きしめたルイスの腕が弱々しく俺の胸を叩く。名残惜しいが、唇を離す事にした。
大きく息を吸ったルイスが、次の瞬間、俺に向かって拳を繰り出した。が、人を殴ったことなどないその腕に勢いはなく、難なく俺は受け止める。すると反対側の拳も振り上げた。そちらも軽く受け止めると、涙目で真っ赤に顔を染めたルイスがこちらを睨んでいる。
(や、やばいこれ・・・)
ごくりと喉が鳴る。自分の中心に血が集まり始めているのを感じた。
「はい、そこまでー」
チャーリーがにこやかに近づいて来て、ルイスの腕を押さえている俺の腕を同じようにつかみ、ぎゅっと力を入れる。
「いっ!? いだだだだだだっ!!」
身長は平均程度だが、握力だけは人並み以上で、鍛えている俺よりも強い。そんな腕でぎゅっとされ、俺は両手を離した。
「チャックぅ・・・」
「はいはい。びっくりしたねぇ」
俺から解放されたルイスは、チャーリーの腰に子供の様に引っ付き、それをあやすチャーリーは、まるで母親の様だ。
やり過ぎたと反省しても、後悔後に立たず。
これからしばらく、側に行く事すら許されなかったのは言うまでもない。
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