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アルバイト開始から一ヶ月が経過した。 チャーリーの下に付き、パソコンを教わり始めていた。 「・・・お前、実はバカだろ?」 「ひでぇ・・・」 「俺は優しいよ。知ってるでしょ?」 「知らね」 「なんだと?」 「ね、もう一回ここ教えてよ」 「教えて下さい」 「教えて下さい、チャーリー様」 「やだね」 チャーリーはそう言うと席を立つ。俺はすかさず腰に縋り付く。 そんな俺を侮蔑した表情で見下ろすと、 「ルーは、一回で覚えたよ?」 と言った。 「兄貴と俺は違う」 「じゃあ、君は彼に何で勝てるの?」 「・・・・・・」 手を離した。 チャーリーはにっこりと笑うと、俺の頭をよしよしと言いながら撫でまわし、 「お昼行ってくるわ。戻ってくるまでやっとけよー」 と言って事務所を後にした。 「あれ、出来たんだ?」 昼から戻って来たチャーリーが開口一番、心底驚いたと言う様にそう言った。 「何やらせたの?」 「これ」 チャーリーが戻って来る少し前に帰ってきていたルイスが、昼食を頬張りながらチャーリーの指差すモニタを覗き込む。 そして、ちょっと目を丸くした。 「これをお前が?」 「やった。なんで?」 「いや・・・」 「これねー、実は結構難しいのよ。初心者には無理かなーって思ったんだけど、出来ちゃったねぇ」 「・・・は?」 「まさか本当に一回教えただけで出来るとは思わなかったよ。いやあ、本当、この兄弟は天才だわ」 「すみません、チャーリーさん。話が分かりません」 「お前はお利口さんだよ」 と、頬にキスをしてきた。 それをルイスが見て、軽く眉を寄せたのが目に入る。 「ちょ、やめろよ」 「なんで」 「飯、食ってんだけど?」 「おかずにならない?」 「・・・チャーリー・・・?」 ジトリとねめつけられるが、チャーリーは飄々とした表情でルイスの側に移動すると、俺にしたようにキスをした。 「やめろって、飯食ってるって」 「おべんと付いてた」 「え、嘘」 「うん、嘘」 「・・・・・・」 (あ、キレた) ピタリと動きを止めたルイスは、表情の無くなった顔でじっとチャーリーを見つめる。方頬を膨らませて停止している姿は、何だか普段とギャップがあり、可愛らしい。俺がちょっと吹き出すと、ガタリと音を立て立ち上がり、奥の部屋に足音高く引っ込んでしまった。 「チャーリーさん、やりすぎだから」 「でも、可愛かったでしょ?」 「うん。ギャップ萌え」 二人でにやにやとルイスが閉じ籠った部屋を見つめた。 その日を境に、ルイスは俺を連れて外出する事が増えた。 チャーリーにやらされた事が影響しているのは分かっているけれど、なぜあれがそんなに影響力があるのか理解できない。 とはいえ、ルイスと一緒に居られるのは単純に嬉しい。 そして、何でかルイスは、俺の腕に手を絡めてくる様になった。恋人同士の様にくっつくわけではない。しかし、今まで以上に距離は近く、時折ルイスのコロンが薫る・・・そんな距離。 いちいち説明はしないが、俺にも分かり易いように話を進めて居るのを感じる。見て覚えろ、というやつだ。 回数が増えるほどに色々な事が見えてきて、どんどん楽しくなってくる。そして、ルイスの凄さをひしひしと感じ、それと同じくらい誇らしくなった。 ルイスは俺にエスコートされる様に歩くのがいつの間にか普通になり、距離はどんどんと近くなった。しかし、なかなかチャーリーの様に頬にキスはさせてくれない。 そこは残念で仕方がないけれど、焦りは禁物。今まで散々待ったのだ。もう少し待つ事なんて、簡単だ。 気付けば、この界隈の名物兄弟として、ちょっとした有名人になっていた。まあ、そもそもルイスはこの辺では有名人だ。 だってそりゃあ、長身で中性的な美しい人が居たら、誰だって気になるに決まってる。声も低く優しい音色で・・・この声に落ちない人間は居ないのではないだろうか。現に俺はこの人全てに惹かれ、欲しくて欲しくて堪らない。 「じゃあ、一人でやってみようか」 「え、マジ?」 「うん。まあ、ネット取引だけど、今のお前ならこの位大丈夫なはずだ」 「・・・うん」 「チャックがサポートに入ってくれる。大丈夫、お前ならやれる。さあ、座って」 アルバイトを開始してから半年が経過していた。 PCの前に座らされる。画面には、先程までルイスがやり取りしていた内容が表示されたままだ。 中身は頭に入っている。 毎日の様にチャーリーから教わっているPCスキルも、身についているはず。しかし、緊張で手に汗が滲み出てくる。呼吸も何だかいつもより浅い気がする。 そんな俺の背中に、ふわりとルイスが覆いかぶさってきた。そして、ぎゅっと抱きしめられる。 「大丈夫、お前ならやれる」 耳元で、いつもより低めの声が響いた。腰骨の辺りがぞくりとする。 チラリと目をやると、程近くにルイスの顔があり、ドキリとする。 青く光る瞳がじっとこちらを覗き込んでいて、その瞳に見つめられると、すっと緊張が落ち着くのを感じた。 小さく頷き、もう大丈夫という事を伝えると、ふわりと微笑み体を離した。そして、ぽんと背中を叩かれ、数メートル離れた席に腰を下ろす。 深呼吸をして、パシリと右手の拳を左手で受け止める。視線を上げると、チャーリーと目が合った。にやりと細められた瞳に頷き返すと、キーボードに手を伸ばした。 「ふぃーっ」 「お疲れ、ザン。結構やるじゃない」 「おっかない先生が教えてくれたからね」 「おっかないって、僕の事?」 「さあ?」 「ザン」 後ろから、しっとりとした声が聞こえたかと思うと、ルイスが俺を横から抱きしめてきた。驚いて顔をそちらに向けると、唇の程近くにキスをしてきた。しかし、「うわっ」っと、当の本人が驚いて体を離す。その顔は真っ赤だ。俺もつられて赤くなる。 チャーリーが、何やってんのよと笑う。 「い、いや・・・チャックの真似をしようとして・・・」 狼狽えている姿が何とも愛らしい。とても三十歳の男性とは思えない。しかし、それがルイスで、俺の兄で・・・。 「うわっ!? ちょっ、ザンっ!?」 衝動のままに正面から抱きしめ、驚いて見開かれた瞳を覗き込むと、薄く開いている唇に深く口づけた。 チャーリーが口笛を吹く。 驚きでルイスが固まっているのをいい事に、俺は口内を犯す。舌を絡め、歯列をなぞる。夢中になっていると、抱きしめたルイスの腕が弱々しく俺の胸を叩く。名残惜しいが、唇を離す事にした。 大きく息を吸ったルイスが、次の瞬間、俺に向かって拳を繰り出した。が、人を殴ったことなどないその腕に勢いはなく、難なく俺は受け止める。すると反対側の拳も振り上げた。そちらも軽く受け止めると、涙目で真っ赤に顔を染めたルイスがこちらを睨んでいる。 (や、やばいこれ・・・) ごくりと喉が鳴る。自分の中心に血が集まり始めているのを感じた。 「はい、そこまでー」 チャーリーがにこやかに近づいて来て、ルイスの腕を押さえている俺の腕を同じようにつかみ、ぎゅっと力を入れる。 「いっ!? いだだだだだだっ!!」 身長は平均程度だが、握力だけは人並み以上で、鍛えている俺よりも強い。そんな腕でぎゅっとされ、俺は両手を離した。 「チャックぅ・・・」 「はいはい。びっくりしたねぇ」 俺から解放されたルイスは、チャーリーの腰に子供の様に引っ付き、それをあやすチャーリーは、まるで母親の様だ。 やり過ぎたと反省しても、後悔後に立たず。 これからしばらく、側に行く事すら許されなかったのは言うまでもない。
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