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第3話 その理由
望まない番ほど、辛くて惨めなものはない。
「ねぇ、生きてるー?」
「…っ」
布団をかぶって部屋に閉じ籠っていると、扉の外から声をかけられた。立ち上がる気力もなく、「…開いてる」と答えると、ドアの開く音がした。そして布団をぽんぽんと叩かれる。
「とりあえず元気そうね」
「元気じゃない…美那の目は節穴だ…」
「失礼な」
顔をわずかに覗かせると、見知った顔が見えた。健康的な肌と短い茶系の髪。俺と同じΩで…違うところといったら、女性であることくらいか。
普段から「Ωとか女とかで偏見の目を向けてくる奴はみんな地獄へ落ちればいい」と言って憚らない幼なじみだ。
「ふーん…ほんとだ、歯形ついてる」
服をくいっと引かれ、うなじを見られる。
やっぱりついてるんだ。
気のせいじゃ、なかった。
「あんた、発情期は薬で抑えられてたんじゃないの? 抵抗できないくらい酷かったの?」
「無理矢理、変な薬で…」
「へー。で、どこのどいつにやられたの?」
「…。賢司」
ぽそりと呟くと、美那は目をぱちくりと瞬かせた。
「久永?あんたたち親友じゃなかったっけ」
「そう、だと思う…。賢司怒ってたから、…もしかしたら俺が…何か、しちゃったのかとか、色々考えた、けど…分かんなくて」
「久永に直接聞いてみればいいんじゃない?」
「それができたら苦労してない…」
賢司に噛まれてから5日。
大学に行けず、一人暮らしのアパートに閉じ籠って、ひたすらに噛まれた理由を考えた。でも、原因なんて何も分からなくて、ただただ、無為に時間が流れただけだった。
「久永から連絡ないわけ?」
「スマホ見てない…電源切ってるし」
「だから私の連絡も未読だったわけね。ちょっと見せてみなさいよ」
美那が投げ出してあった俺のスマホを手に取る。電源を入れ、数秒。美那が苦笑しながら画面を見せてきた。
「着歴怖いんだけど」
「うわ…」
そこにはおびただしい数の着信とメッセージが並んでいた。何が書いてあるのか怖くて見れない。
「"先輩"ってのからも来てるけど」
「…。先輩にも、もう、会えない」
せっかく運命の相手に出会えたと思ったのに、番ができてしまったから、もう俺が先輩と結ばれることはない。永遠に。
「賢司、番…解消してくれないかな…」
「どうだか。久永がどういうつもりで噛んだのか分からないから何とも言えないし」
「…」
賢司は、俺の親友で、頼り甲斐があって心許せる奴で…なんで、こんなこと急にしたんだろう。俺の何がいけなかったんだろう。
ぽたぽたと涙がこぼれる。
「とりあえず、何か胃に入れなさいよ。あんた、どうせまた食べてないんでしょ」
「う」
「辛いことあったんなら、せめて温かいもの食べて体を労ってあげなさいよ」
にこ、と屈託のない笑みを向けられて、さらに視界がぼやけてしまった。失恋するごとに、美那はこうやって慰めてくれるんだよな。
「う、うぅ…」
「はいはい、泣きたいだけ泣きな」
美那のあたたかい手に撫でられながら、ふと賢司も、毎回同じように慰めてくれたことを思い出した。
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