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1-1 灰色の少年
目が覚めると、長いあいだ息をするのを忘れていたみたいに苦しかった。あんまり息苦しくて、目覚めたはずの頭がぼやけてしまう。ベッドに横になったまま、しばらくぼうっとしていた。
開きっぱなしで焦点の合わない目が痛みを訴え始めて、ぽろりとひとつ、涙がこぼれる。枕にしみて頬を冷やした。それでようやくのっそり起き上がる。
いつ寝たのだったっけ。
ここのところ少し前の記憶さえあやふやだ。多分、薬のせいだろう。喉の渇きを覚えた。
僕はあまり遠くないうちに天国へ行くらしい。お医者様がそう言っていた。
処方された薬は痛みや苦しみを取り除くためのもので、病気を治してはくれないそうだ。とても強い薬だから、副作用で喉がカラカラになるし、頭がぼうっとしてしまう。イヤだけど、これを飲まないととても耐えられないほどの苦痛に襲われるのだと聞いた。どうせ死んでしまうなら、なるべくつらくないほうがいい。
死ぬってどんな感じだろう。まだよくわかってない。
一昨年、同じ病気で父さんが死んだ。
母さんはすごく泣いて、それはもう毎日毎日泣いていて、近所の人が心配して入れ替わり立ち替わり様子を見にやって来たほどだ。あんまり母さんが取り乱すので、僕はびっくりして悲しむのを忘れてしまった。
優しくてハンサムな父さんが、土に埋められて二度と帰ってこないなんて信じられない。でもあんなに仲良しだった母さんが呼んでも呼んでも返事しないのだから、やっぱり父さんはもうどこにも居ないのだ。天国は遠すぎて、声も手も届かない。
だから、なのかな。
あんなに泣いていた母さんは、だけど去年、別の人と二度目の結婚をした。僕には新しい父親ができた。でも僕の父さんよりずっと太って脂ぎってて歳を取ってる。父さんとは全然違うから、初めは『おじさん』って呼んでいたけど、そうすると母さんもおじさんも悲しい顔をするから、僕は『お父さん』と呼ぶことにした。
お父さんはいい人だ。母さんを大事にしてくれるし、僕の面倒も嫌がらずにみてくれる。
父さんが死んで落ち込んでいた母さんは、お父さんが来てからすっかり元気になった。僕はそのことを父さんに報告するために、天国に行くのかもしれない。母さんは大丈夫だよって。
母さんのお腹の中にはお父さんの子供がいる。僕が死んだら、今度は新しい赤ちゃんが生まれてきて、僕の代わりになるんだろう。そしたら母さんは泣かずに済むから。
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