1-1 灰色の少年

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 ベッドに起き上がったまま、しばらくぼんやりして、それから僕は腕を伸ばして窓を開けた。針金みたいな細い月を囲んで、たくさんの星が夜空に浮かんでいる。大きな川が流れていた。  あの川は天国へ行く船が昇る川なのだという。銀河と言うそうだ。きっと銀色の星々がこんぺいとうを敷き詰めたみたいに、いっぱいいっぱい流れているのだろう。ここからは乳白色にしか見えないけど。  ふと僕は思い立って、部屋を抜け出すことにした。  ベッドを降りて、スリッパを裸足にひっかける。廊下に出るドアに手をかけて、でももし、母さんに見つかったら止められそうだから、開けるのはやめにした。  向きを変えて、スリッパをはいたままベッドに戻り、枕もとの窓から身を乗り出す。下を覗いてみた。  地面は遠くない。夜につぼんだカラスノエンドウの花が、星明りにくっきり見えるくらいだ。窓枠に膝をかけてよじ登り、僕はそこから外に出た。  町はなだらかな坂が勾配を繰り返す、さざ波のような形をしている。家の中ではぺたぺたいうスリッパが、草の上では足音がしない。薄い靴底を押し返される感触が楽しく、ひとりで駆けっこをした。  どんなに速く走っても、あるいはゆっくり歩いてみても、星と月は同じ速度でついてくる。傾斜を登っても降りても、夜空の川は変わり映えしなく遠い。 だけど、うんと高いところに登ってみたら、少しは近くに見えるかもしれない。僕はそう思い立って、町一番の塔のてっぺんを目指すことにした。  勾配の多い町は、みぞや丘に隠れて見えない場所がたくさんある。もしもどこかで火事が起こったりしても、低い位置に住んでいる人は気づけない。豪雨の時には窪地が水たまりになってしまうこともあるけど、それもやっぱり丘陵を隔てた別の丘や窪地に居たらわからない。だから、町のすべてを見渡して、空の模様や人々の暮らしを見守る見張り番が立つために、塔は高くそびえて存在していた。  てっぺんには金色の風見鶏がとまている。その下には時を知らせる銅の鐘。側面には巨大な時計の文字盤と見張り窓があって、鐘は何かがあったときには警鐘に変わる。  町のどこでも見渡せる塔は、町のどこからでも見えて、僕はその昼間は金色に、夜の今は銀色に光って見える風見鶏を目指して坂道を駆けた。
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