FINAL ACT

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「姉ではない、兄だ」 松瀬くんの声に、振り返る。睦月は少し驚きながらも、傍に来た松瀬くんに「遙斗も会ったのか?」、訝しげに聞く。 「姉じゃないって、どういうことだ? どうして兄なのに、姉って言ってる?」 答えにくそうにしている私の代わりに「見た目が”姉”なのだ」、松瀬くんは淡々と会話を進める。 「故に、姉だと言ってる。余計な説明と混乱を避けるためだ。”姉の格好”をしているのに、わざわざ兄だと言って紹介することもない」 察したのか、それとも”セツゲツチュウ”で視ていたのかは分からないけれど。松瀬くんはキッパリ言い切ったあと「そして端的に言えば、少し厄介だ」、声を低くする。 「〈霊奏至〉に関わる仕事をしてる。そして父とも、繋がりがある」 車での会話を”セツゲツチュウ”で聞いていた松瀬くんの言葉は、淀みない。 「……確かにそれは、厄介過ぎるな」 睦月が面倒くさそうな顔をしたとき――「そうだね。父と関わってるなんて厄介だけど」、桜くんが話しながらこちらに近づいてきた。 「彼らを利用、出来るかも」 どこから聞いていたのか。軽く息をついた松瀬くんを見て、もしかして”セツゲツチュウ”かな、と思いながら――「そういう言い方するな」、不愉快そうに言った睦月へ目を向ける。 「子供を利用するなんてよ」 「子供じゃないって。ね?」 視線を向けられて「一応」、答える。 「二十歳なんだけど」 「マジか! 中学生かと思った」 ものすごく驚きながらも「でもよ」、少し心配そうな顔をする。 「なんつーか、無垢っつーか、純粋っつーか、良さそうな子なのによ。冬璃ってヤツで大丈夫なのか?」 「睦月先生、心配なんだ」 茶化した桜くんを睨む。そこで思わず「本当に、睦月は先生になるの?」、言葉を繋げた私に、睦月は少し驚きながらも「なるよ、オレは。先生に」、答えてくれる。 「他人を苛めることより、もっと大事で楽しいことがあるってことを教える」 「理科で出来るかなあ?」 また茶化した桜くんに「そこは重要じゃねえ」、不機嫌そうに答える。 「先生になるのが目的なんだからよ」 なんだかよく分からなくて、今度は私が聞く。 「理科が得意なの?」 「得意なワケじゃねえけど」 そこで一度、言葉を切って、軽く松瀬くんを見たけど。すぐ私へと戻した。 「まあ”人生最良の思い出”だな」 なんだか曖昧な言葉に。 「何なのさ、それ」 桜くんは眉を顰めたけど、睦月は手に持っていたビールを一口飲んで「なんか腹減ったな、肉食いてえ」、言葉を切り替えながらダイニングのほうへと歩いて行く。 桜くんはムッとしながら「何かあるの?」、冷蔵庫から日本酒の小瓶を取り出す松瀬くんに聞いたけど「知らない」、素っ気なく言われ。小さく息をつきながら「何さ、人生最良って!」、睦月を追いかけて行った。 「私も、日本酒飲もうかな」 閉めようとした扉に手を当てると「日本酒も飲むのか」、睦月から貰ったビールを右手に持つ私へと、視線を向ける。 目が合った瞬間、睦月の記憶の中で視た――化学実験室の窓から虹を見詰める、少し幼い高校生の松瀬くんを思い出し、思わず口角が上がった。 「どうかしたのか?」 眉を顰めながらも日本酒を取り出し、私に差し出す。それを左手で受け取りながら……腕に、ぎゅっと抱きついた。 小さく瞬きをした松瀬くんに。 「大好きだな、と」 笑顔を向ける。松瀬くんは小さく笑ったあと、私のおでこに軽くキスをして。 「僕も、大好きだ」 言ってくれた。すごく嬉しい! もっともっと、言って! 叫びたくなったけど。 「遙斗! ぼくにも水、持って来てよ!」 桜くんの大きな声に、松瀬くんの視線が離れてしまう。そして冷蔵庫から500ミリリットルのペットボトルを出すと、ダイニングのほうへと歩き出した。 もうちょっと2人で、話したかったのに。桜くん、絶対わざとだ。かなり残念に思いながらも、腕にしっかり抱きつきながら一緒に歩く……歩いていたんだけど。 ふと見た先に、來亜と理亜都の姿がない。代わりに真中が座っている。どうしても気になって「先に行くね」、松瀬くんから離れ、真中へと足を向ける。 「2人はどこ?」 手に持っていたお酒を置きながら聞くと、真中はビールの入ったグラスを片手に面倒臭そうな目を向けた。隣の小向は少し気まずそうな顔をしながら、サーモンのカルパッチョを口に入れる。そこへ夏帆が「あ、芽愛里」、私へと近づいてきた。 「真中がビール飲ませたら、一口で寝ちゃってさ」 心配そうな視線の先を見ると、リビングのソファーで來亜と理亜都が眠っていた。 しれっとビールを飲む真中に「ワザとだよね」、重い瞼を向ける。 「小向と引き離すためだよね」 「二十歳は子供じゃないんだろ?」 片眉を上げた真中にうんざりしながら「もう絶対、金輪際、飲ませないでよ」、釘をさしていると「だから、人の食べてるものに干渉するの止めてくれないかな」、桜くんの声に目を向ける。 「ぼくはこれでいいんだ。肉乗っけるの、やめてくれる?」 反対側の端っこの席には、日本酒をグラスに注いでいる松瀬くん。その隣に座る桜くんが目の前のサラダを両手で隠すようにしながら、真後ろに立つ睦月と口論していた。 ……なんかよくみる、この光景。 「ローストしたビーフだから大丈夫だって言ってんだろ?」 そう言う睦月の手に握られたフォークには、大量のローストビーフ。よくそんなに刺せたね、と突っ込みたくなる。夏帆はうんざりしながら「また、始まった」、瞼を重くしながら彼らへと足を向けた。 でも、2人の――いつもの会話は止まらない。 「食えよ。タンパク質は大事なんだよ」 「豆腐から取るからいいって、何度も言ってるよね。もう構わないでよ」 「見てると気になるんだよ」 「じゃあ見ないでくれる?」 「前に座ってるんだから見るに決まってる」 「じゃあ横に座ればっ!」 「横目に映るだろうが」 「だったらもっと離れてよ!」 「一緒に食おうと呼んだのに、どうして離れなきゃならねえんだよ!」 もはや堂々巡りとも言える会話をよそに、松瀬くんはグラスに注いだ日本酒をゆっくり味わっている。ああいうときの松瀬くん、本当すごいよね。我、関せずって感じ。感心しているところに夏帆が、2人の間に入る。 「はいはい、もう終わり。桜果に構わないの」 腕を引っ張ったけど、睦月はきかない。 「また痩せただろ」 その一言で、桜くんは振り返りながら「そうだね」、立ち上がる。 「ぼくは睦月と違って繊細だからね。色々考えてると、食べられなくなるんだよ」 「だったらこのくらい食っても大丈夫だろ」 「それは食べたくないんだよ。好きなもの食べさせてくれないかなっ!」 「薬だと思って食え」 「どうみても肉だよ!」 「肉じゃねえよ、薬だ!」 また、もめそうになった2人に夏帆は「もういいって言ってんの!」、イライラしたように言葉を投げる。 「桜果は”これ”で満足してんだから」 微妙な言い回しに、桜くんの黒目が「そんなに言うんなら」、大きく下がる。 「夏帆にあげれば? 肌はがさがさ、髪もパサパサだからね」 途端、慌てて髪と頬に手を当てたけど、すぐ「私だって色々考えて眠れなかったんだからあ!」、低い声で叫びながら、大きく目をつり上げる。同時に睦月が持つフォークから――右手でローストビーフを無造作にもぎ取ると、左手で桜くんの胸倉(むなぐら)をガシッと掴んだ。 小柄な夏帆に勢いよく下へと引っ張られ、桜くんの体がくの字に曲がる。慌てた桜くんに夏帆は間髪入れず「時間、掛かったんだからっ」、右手のローストビーフを高々と振り上げて、口へとロックオンする。 「文句言わずに食べろおお!」 これはマズいと思ったのか、睦月は夏帆の右手を押さえ、ローストビーフが口に入るのを寸前で止めた。でも、左手の勢いは止まらない。胸倉を掴まれている桜くんは、前後左右、大きく揺さぶられる。 睦月のほうが、力はあるはずだから、左手も押さえてあげればいいのに。絶対、わざとだよね?  もはや危機を感じた桜くんは、とりあえず隣の「は、遙斗!」、声をかけたけど、日本酒をあおるだけ。慌てて私に「は、花江さん! 助けて!」、視線が飛んでくる。 溜息をついた私の傍で「面白いな」、ビールを飲みながら真中が笑う。 「いつもこんな感じなのか」 缶のままごくごく飲んでるけど。それ、私がさっき持ってきたビールだよね。その隣で小向は春巻きを口に入れながら、きらきら目を輝かせている。 テレビじゃなんだけど。コントじゃないんだけど。 また溜息をつきながらも「3人とも、止めて」、その舞台に足を踏み入れるしかない。 「桜くんは食べたくないって言ってるんだから」 絶妙に止めている睦月を睨みながら腕を軽く叩いたあと――高々とローストビーフが握られている夏帆の手首を掴む。 でも掴み所が悪かったのか、夏帆の手からローストビーフが離れた。私が掴んだ反動も加わったせいで、妙なカーブを描き――ぽちゃん、ちょうど松瀬くんが注ぎ終わった、日本酒のグラスにローストビーフが入る。 その瞬間、誰もが動きを止め、息を呑む。 松瀬くんはグラスの淵に纏わり付いたそれを5秒、見詰めて……ゆっくり立ち上がったかと思うと、黒目を大きく上げて低い、低い声で呟いた。 「もういい!」        『松瀬くんはそれを許さない! 3』 了
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