ACT 3

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「【鈴音ちゃん、どうしたの? 君の傍に、いないだけ? それとも……りっちゃん、落としちゃった?】」 不安そうな声に、落ちていた視線を上げる。じっと見詰められて「鈴音ちゃんは……その」、とりあえず口を開いたけど、言葉を繋げられなくて。 すると小さく息を吸ったあと「【やっぱり鈴音ちゃんは、ダメだったんだね】」、理亜都は、悲しげに視線を落とした。 「【でも分かってたんだ、ぼくは。鈴音ちゃんは生きているときから全然、認めなかった。自分は悪くないって、悪いのは周りなんだって。ぼくの言葉を、真っ直ぐ聞き入れてはくれなくて。だから……死んでしまってすぐの鈴音ちゃんの顔は、どんどん見えなくなってた】」 「鈴音ちゃんの……顔?」 「【顔が、黒く塗りつぶされていくんだ……自分と上手く、向き合えない霊は。でも鈴音ちゃんは、本当に早かった。あんなに早く塗りつぶされていくのを、ぼくは始めてみたよ。ちょっと、怖いくらい】」 「そう、なの?」 聞き返しながらも、そう言えばリツさんも――私のあうらより古くて、なのに成長もしてない、と呆れていた。だから、落とすべきだと。でも私は全然、きかなくって……だからリツさんは”逃げた”なんて、ウソついたんだろうか。 私の首に、鈴音ちゃんがぶら下がっていたのに。私の手に負えない、かもしれないと――分かっていたのに。 少しもやっとした私を見詰めながら「【人はいつだってウソをつく】」、理亜都はぽつり、言葉を落とす。 「【生きてるときも……そして死んでも。たくさんの後悔を目の前につきつけられ、すごく慌てる、迷う、焦る。いくつもの罪悪感に、押しつぶされそうになる】」 いつだったかの感情を思い出しているのか、すごく辛そうに瞼を落として「【だから】」、胸に手を当てる。 「【たくさんある後悔を目の前に、自分は悪くないって思い込もうとしてしまう。認めたくないから、押しつぶされたくないから。辛いから、痛いから……目を背けたくなる。でもそこで逃げたら、ダメなんだ。ちゃんと向き合って受け入れて、心から自分を許すことが大事。生きてるときと、同じだよ】」 寂しげに口角を上げて「【ぼくはただ、少しでも感じて欲しかったんだ】」、呟く。 「【素晴らしい”色”を。ただ”感じて”欲しかった】」 「素晴らしい……色?」 「【そう、あたたかくて、優しくて、愛でいっぱいの”色”だよ】」 「それは、なんなの?」 「【なんだろうね。分からないけれど。ぼくが、すべてを認めて受け入れた時……その”色”を”感じた”んだ。そして体が軽くなった。まるで羽でも生えたみたいで、その”色”が”降り注ぐ”空を、目指したくなった。でもぼくは來亜が心配で気持ちを寄せてしまったから、その”色”は遠のいてしまったけど。今でも……忘れられない】」 理亜都の言葉を聞きながら、ふと――『人は自ら天に昇るか、地に落ちるか決めるのだ』、いつだったかの、松瀬くんの言葉を思い出す。 もしかしたら理亜都は”選択”したのかもしれない。”天に昇る””選択”を。でもそれを受け入れず、今は來亜とともに”生きて”いる、けど。 もしこの先、來亜に……死が訪れたとき、その”選択”はどうなるんだろう? やっぱりなかったことになる? 落ちてしまう? 來亜と一緒に? それとも別?  少し不安を感じていると、理亜都は落としていた瞼を上げて――「【どんどん塗りつぶされていく顔を見ながら】」、声を低くする。 「【それでもぼくは、救えるんじゃないかって思ってた。その”色”を感じて欲しくて……もしかしたら、君とならその一瞬を感じてくれるんじゃ、ないかって】」 切なげに見られて「ごめん」、言葉を繋げる。 「でもあのときは……そういう感じじゃなくて。なんていうか」 「【何か、あった?】」 「……鈴音ちゃんに、操られたっていうか」 「【操られたの?! それは良くないよ! だったらもう”色”を感じられなかったかも! 本当にごめん! そこまでだなんて知らなくて! やっぱりすぐ、りっちゃんに落としてもらえば良かった……と言うか、操られて大丈夫だった?!】」 すごく心配そうに、申し訳なさそうに言うから、慌てて「全然、大丈夫」、口角を上げる。 「松瀬くんに、落としてもらったから」 「【まつせ、くん?】」 一気に瞼が重くなったけどすぐ、嬉しそうに「ライバル登場、登場、登場!」、來亜が叫ぶ。途端、ムッと口をへし曲げたけど、大きく息を吸って「【お昼、まだだよね!】」、力強く言いながら、見詰める。 「【作って来たんだ。君に食べてもらおうと思って!】」 顔を赤くしながら、背中の……シロクマの形をしたリュックから、真四角のお弁当箱を出してきた。少し驚いていると「理亜都は頑張って作ってた、作ってた、作ってた」、來亜が様子を伺うような上目遣いを向ける。 「いつもはぼくが作る、作る、作る。でもコレは頑張って作ってた、作ってた、作ってた」 「そうなんだ。ありがとう」 笑顔でお弁当箱を受け取ると「【あの人のコトなんだけど】」、理亜都は顔を赤くしながらも、千香さんへ目を向けた。 「【ベッドの下にある、お菓子の箱を開けてって言ってよ。赤い箱】」 「お菓子の、赤い箱?」 「【そう。お願い】」 小さく口角を上げたあと「【食べたら】」、言葉を切り替えてしまう。 「【感想、聞かせてよ】」 赤い箱がなんだろう。思いながらもとりあえず「うん、分かった」、頷くと「言いたいこと、違う、違う、違う!」來亜が叫ぶ。 「本当はデートして欲しい! デート! デート! デート!」 來亜の言葉に瞬きをすると「【べ、べ、べつにいいんだ、全然】」、理亜都は更に顔を赤くしながら長い前髪を恥ずかしそうに触った。ても、すぐ「それが狙い、狙い、狙い!」、來亜が意地悪く笑う。途端、慌てたように「【仕事、頑張って!】」、理亜都は早口で言うと、走って行ってしまった。 ちょっと困りながらもお弁当箱を抱え、とりあえず――理亜都と來亜の言葉を伝えるために、水口さんと千香さんの元へと足を向ける。 とは言え、赤い箱がなんなのか、全く教えてもらえなかったけど。そもそも、いきなり伝えて、大丈夫? 変に思われない? 面識はあるけれど、私はまだ病院に来て数ヶ月だし、まだまだ見習いで余裕もなく、患者さんともそんなに深く話せてない。 ごちゃごちゃ考えながらも「あの」、赤い目をした千香さんに声をかける。 「突然、すみません。でも少し前に……梶谷さんに、こっそり言われて気になってたことがあって」 ウソを並べながら「ベッドの下に」、案の定、怪訝な顔をしている千香さんに2人の言葉を伝える。 「赤い、お菓子の箱があるみたいなんですけど。それを千香さんに見て欲しいって」 「ベッドの、下」 眉を顰めた千香さんに「……えっと、そうです」、答える。 変な風に思われただろうか? 思われたな……少し慌てながらも「す、すいません、失礼します」、頭を下げて血液浄化室へと戻る。 そのまま残りの後片付けを済ませた頃「さっきのって」、水口さんが話しかけてきた。 「どういうこと? 赤い箱って何?」 「わ、私にも分からないですけど。いつだったか、梶谷さんが……呟いてて」 「そうなの?」 不思議そうな顔をしながらも「千香さん、ショックだったみたい」、話しを切り替えてくれた。 「急だったから。でもお父さんは本当に頑張ったし、これからはゆっくり休んでほしいって」 「……ですね」 まさかお父さんが怒ってるなんて言えない、殺されたとか訴えてるなんて言えない。聞かなきゃ良かった。ごちゃごちゃ考えている私をよそに、水口さんはふと視線を落とし「こうやって」、少し真面目な顔で呟く。 「大事な人を失った人を目の当たりにすると、思う。家族を、大切な人を、大事にしなきゃって。いつ、どんなときに別れが来るか、分からないから、ね」 視線を上げて、ちょっと照れくさそうに口角を上げた水口さんに「そうですね」、笑顔を向ける。 「私も、そう思います」 力強くそう言った私を見て、水口さんはまた照れくさそうに口角を上げたあと「一緒にランチしない?」、誘われたけど「すいません、今日は行きたいところがあって」、軽く頭を下げて血液浄化室を出た。
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