ACT 3

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腕時計で12時を回っていることを確認しながら、理亜都がくれたお弁当箱を片手に自販機へ向かう。 一度ME室に戻ってお弁当を取りに行こうかと思ったけど、折角だからこのまま行こう。ポケットに入れていた小銭でお茶を買ったあと――リネン室へと足を向ける。 杏ちゃんが、気になってた。とは言え、前回同様、全然上手く言える気がしないけど……どうしても、ほっとけない。 小さく息を吐いて、リネン室のドアをノックする。 数秒あと、顔を出したのは……杏ちゃん。少し気まずい顔をされたけど「お昼、一緒にいいかな?」、私の言葉に小さく頷いて、室内へと入れてくれた。 「お、来たね。ME女子」 体育会系の三村さんに妙なあだ名で呼ばれ、苦笑いしながらも目の前の椅子に座り――持っていたお弁当箱とお茶を、小さなテーブルに置く。すると三村さんの隣に座っていた堀北さんが「あ、それ」、お弁当箱を指さしながら口を開いた。 「”おにぎらず”じゃない? うちの娘も同じの持ってるわ。付属の器具使うと、ケースで簡単にできるのよね」 「ああ、少し前に流行ったヤツだ」 三村さんも、おにぎりを囓りながら見る。 無言で隣に座った杏ちゃんを気にしながらも「おにぎらず、なんだ」、呟きながら蓋を開ける。 海苔とご飯の間にレタスとツナ、チーズが挟んであった。 「シンプルだけどツナは美味しいよね。王道イズベスト」 食べ始めた私を見ながら、三村さんが言う。続けて堀北さんが「娘は」、ゆで卵をむきながら口を開いた。 「前の日に残った生姜焼きとか、ハンバーグも挟んでる」 「それいいね」 三村さんの笑顔に。 「残り物も一掃されて、わたしも助かるのよ」 堀北さんも小さく笑う。 「あたしも”おにぎらって”みようかな」 妙な言葉を発した三村さんに堀北さんは「なにそれ」、ちょっと顔をしかめたあと――コンビニのサンドイッチを小さく囓る杏ちゃんへと目を向ける。 「急に静かになっちゃって、どうしたの?」 杏ちゃんは軽く私に目を向けたけど「全然……何でも」、慌ててサンドイッチを口に押し込む。ゆで卵を食べながら目を丸くした堀北さんの隣で、三村さんは少し考えるような顔で私を見た。目が合った私は慌てながらも「お、おにぎらずって」、杏ちゃんへと目を向ける。 「簡単だよね。杏ちゃん、作ったことある?」 作って貰ったおにぎらずを片手に、うそぶくと杏ちゃんは「……ある、けど」、小さく答えてペットボトルに手を伸ばし、紅茶を飲む。とりあえずコロコロ転がってきたボールを「そうなんだ」、拾って言葉を繋げる。 「どんな具で作ったの?」 「卵とか、ハムとか、チーズとか」 「美味しそうだね」 「美味しかった、よ」 杏ちゃんは視線を下に向けたまま、また紅茶を飲む。やっぱ、来ない方が良かったな。とりあえずさっさと食べて、出よう。小さく息をつきながらおにぎらずを口に入れていると、三村さんは缶コーヒーを一口飲んだあと「最近さ」、杏ちゃんへと声を投げる。 「ちょっと気持ちが散漫(さんまん)になってない? いつも、きちんとしてたのにさ。ナース服もサイズ、ばらばらにハンガーに掛けたりとか。堀北さん、文句言われたんだよ? 看護士達にさ」 途端、堀北さんが「それ言わないって、約束したのに」、三村さんの腕を叩く。でも三村さんは「何があったのか、知らないけど」、少し強い視線を向けた。 三村さん、突然なんだろう。ハラハラしながらも、とりあえず見守る。 「仕事は仕事なんだから。きっちりして欲しいんだけど」 「……ごめん……なさい」 でも泣きそうになった杏ちゃんを見て「あ、あの!」、我慢できなくなった私は、急いでおにぎらずを飲み込み言葉を繋げる。 「すいません、私のせいなんです。だから杏ちゃんは全然、悪くなくて」 「なに、私のせいって」 「ちょっと、あの、ケンカ的な」 歯切れ悪く言うと、三村さんは益々怒ったような顔つきになって「そんな小っさいケンカで」、言葉を繋げる。 「迷惑かけられると困るんだよ。ただでさえ、下に見られてるのに」 低い声に、杏ちゃんの目からはとうとう涙が落ちてしまう。でも三村さんは「大学までだしてもらってさ」、止まらない。 「せっかく就職した大手の会社、数ヶ月で辞めちゃって。数時間のバイトで、実家暮らしで。ちょっとケンカしたくらいでミスるとか、甘えてんじゃない?」 少し、言い過ぎだ。思わず「そういう言い方、ないと思います」、また声を上げてしまう。 「他人の悩みや痛みを、自分のものさしで、はかるものじゃない……と、思います」 すると三村さん「なに、悩みって」、眉を顰める。マズかったかも、思いながらも「あ、杏ちゃんは」、下を向いたまま黙り込んでいる杏ちゃんの代わりに、いつだったか聞いたコトを思い出しながら口を開く。 「きちんと働かなきゃって思ってるし。でも何がしたいかなんて、出来るかなんて、すぐに分かるわけ、見つかるわけなんてないし」 一呼吸おいた途端「あんたは違うだろうけど」、三村さんの口が動く。 「好きな仕事やってるヤツなんて、ほぼいないね。みんな生活するために、嫌な仕事でもやってる。就職先なんて、それなりに妥協して探すもんじゃない? でも妥協しないで、こんなところにいつまでもいるのは、実家暮らしなのは――結局、甘えてるってこと」 冷たい眼差しを見ながら、確かに、だけど、思う。 「どの環境が良くて悪いなんて。それぞれ立場が違えば、変わってくると思います。一般論はあるとは思いますが……同じ環境でも、幸せだと思うかどうかは、人それぞれ違うんじゃないでしょうか? お金があったって……幸せじゃないと思う人もいます」 「ないものにとっては腹立つね、それ」 三村さんは薄ら笑う。堀北さんはかなり困った顔をしながら「もうやめて。おしまい、おしまい」、呟いたけど。 なんだか夏帆までバカにされた気がして「だから」、言葉を繋げてしまう。 「幸せの感じ方は、環境とは比例しないんです。誰もが完璧だと思う環境でも、辛いことも悩みだってある。三村さんは――自分にないものを杏ちゃんが持ってるから、嫉妬してるだけなんじゃないんですか」 言い終わってから、言い過ぎた、と思う。案の定、三村さんはむっと口をへし曲げ、持っていた缶コーヒーを机に、ばん! 置く。
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