ACT 3

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「あんたに何が分かる! もう出てきな!」 大声で怒鳴られ、私は慌ててお弁当箱とペットボトルを持って立ち上がる。そのまま行こうとして……杏ちゃんに服を掴まれる、目が合う。思わず「ごめん」、呟くと小さく首を横に振って――「わたし」、三村さんに目を向けた。 「妊娠してるんです。でも相手の人、結婚してて。相手にも、親にも、友達にも、こんなこと言えなくて。最悪なことしといて、何言ってんだって思うかもしれないけど……どうしたらいいか分からなくて」 途端、三村さんは大きく息をつきながら、両手をおでこに当てる。堀北さんは、衝撃的だったのかフリーズしたまま、ぼんやり杏ちゃんを見詰めている。 いきなりのカミングアウトに私もフリーズしながらも、目の玉だけで3人の様子を伺っていると――「あんたは」、三村さんが顔を上げて私を見た。 「知ってたの。妊娠のこと」 「……知って、ました」 「それで、杏と気まずそうにしてたんだ」 「……はい。でも上手く、言ってあげられなくて。でもでも、心配で」 ばつが悪そうに言うと、三村さんは「そーいうことね」、大きく息をついて杏ちゃんへと目を向ける。 「実はあたし、子供いるんだ」 途端、堀北さんと杏ちゃんが「ええっ!」、大きな声を上げた。私はもちろんだけど。2人も、知らなかったみたい。 衝撃的なカミングアウトの連続に堀北さんは口を開けたまま、またフリーズしてしまった。杏ちゃんもかなり驚いた顔をしながら、三村さんを見詰めている。そんな私たちをよそに三村さんは「2歳の男の子」、淡々と言葉を繋げていく。 「デキ婚してさ。でも色々あって……上手くいかなくて、3ヶ月で離婚。でも全然、後悔してない。むしろスッキリだった。これでくだらない人間に、感情に、縛られないですむって」 小さく口角を上げたあと「でもね」、堀北さんと杏ちゃんに目を向ける。 「世の中って全然、冷たい。高卒で特技も資格も無い、バツイチ子持ちじゃ、どこも雇ってくれない。スーパーのレジですら、どうせ急に休むでしょ? 親もみてくれないんでしょ? って。しょうがないから親に頼ろうと思ったけど、帰ってくんなって言われてさ。とりあえず何とか市営のアパートに入って、派遣で仕事、紹介してもらってるけど。正直、子供を保育園に預けて、手当と派遣だけじゃかなりキツい」 「慰謝料とか養育費とかないの?」 フリーズしていた堀北さんが、心配そうに聞く。 「そんなもんいらない……って、出て来た。でも今は後悔してる」 「だったら、今からでも請求すればいいのに」 「もう結婚して、子供もいるし。今更って、感じ」 「え、子供もいるの?」 杏ちゃんの声に、三村さんは堀北さんから視線をスライドさせる。 「浮気してたんだよ。だから私が出てったあとすぐ、他の女を家に入れてた、らしい」 杏ちゃんはすごく気まずそうに下を向いたけど「実は、あたしも」、声のトーンを上げて、視線を引き寄せる。 「結婚決まってたのに、女から盗ったから。されてもしょうがないんだよね」 驚いたように瞬きをした杏ちゃんに「男とは」、静かに言葉を繋げる。 「別れたほうがいいよ。そういう人って、ずっと浮気し続けるから。でも子供を産むかどうは、ちゃんと相手の男と話し合ったほうがいいね。認知するかしないかも、含めて。お互い、きちんと話し合って納得のいく道を探したほうがいい。もはや色々後悔してるだろうけど。その後悔とは一生付き合っていかなきゃならないんだ。だからこそ今、きちんと向き合わなきゃ。杏も、相手も。そのツケは払わなきゃならない。覚悟しなきゃ、だよ」 少し不安そうな顔をした杏ちゃんに「キレイな道なんか、ないんだ」、少し厳しい眼差しを向ける。 「誰かが我慢しても、結局我慢出来なくなる。バレて傷つく、辛くなる。だからこそ、話さなきゃ。1人で抱えたらダメだ。親にも、言ったほうがいい。言いにくいかも、しれないけど。産むにしても産まないにしても、相談するべき。まあ、どっちにしても杏は……隠しきれないよね?」 小さく頷いた杏ちゃんを見て、三村さんは少し考えるように間を空けたあと「あたしは勝手に、なんでも決めちゃって」、呟く。 「親がすごく怒っちゃったんだよ。だから帰ってくるなって、口もきいてくれなかった。でも最近は……2年経って、やっと。少しずつ、だけど……話すようになってきた。私はともかく、子供には優しい。子供のものなら、なんでも買ってくれる。この間なんて、ヨーグルトが食べたいって言ったら、袋いっぱいに買ってきたからね。毎食後ヨーグルトになっちゃって、子供はもういらないって。でもまあ……生活は厳しいけど、子供のフォローはしてくれてるから助かってる」 小さく口角を上げたけど、やっぱり少し不安そうに見つめた杏ちゃんに「すごく、大変だけど」、三村さんは優しく声をかける。 「今をきちんと受け入れて、考えて、話し合って。でも辛かったり、話したいことや聞きたいコト、相談したいことがあったら。とりあえず……プロの私に相談してみてよ。結局、面倒なことから逃げただけのヘタレだけど。だからこそ杏に少しでも後悔させたくないって、思ってる」 親指を立てた三村さんを見て、杏ちゃんの口角が「……分かった」、小さく上がる。 「ちゃんと、話し合ってみる」 杏ちゃんの言葉に三村さんは小さく息をついたあと「悪かったね」、突っ立ったままの私に目を向ける。 「杏の様子がおかしいから、少しカマかけただけなんだけど。すごい勢いで吹っかけてきたから、こっちもつい本気になった」 「え、そうだったんですか? 本当に、すいません! 本当、言い過ぎました!」 深く頭を下げると、三村さんは「いいよ、だいたい当たってたから」、小さく笑ったあと――「ME女子は、見かけによらず」、少し意地の悪い目を向ける。 「気が強いね。ぱっと見は、ふわふわしてるのに」 そこで一度、言葉を切ったあと「それ、男にでも作ってもらった?」、意地の悪い目のまま言葉を繋げる。 「お弁当箱開けるとき、何が入ってるか知らなかったみたいな言い方してたよね。もしかして昨日、ロビーでいちゃついてた男?」 突然の言葉に「はいっ?!」、声がありえないほど高くなる。 それって、もしかして松瀬くんとのこと? 思った途端、顔が、一気に熱くなる。 何々、どういうこと? どうして知ってるの? 誰もいなかった、はずだけど。ごちゃごちゃ考えてる私を横目に、堀北さんが「そう、そう」、少し顔をニヤつかせながら言葉を繋げる。 「防災センターの人が、モニターで見たって聞いたわ。あの先は、ナントカっていう大事な設備がある通路に繋がってるからカメラ付いてるらしくて。村井さんが……防災センターのおじいちゃんが、その映像を見せてくれたの。遠くて少し画像も粗かったんだけどね。なんとなく、花江さんに似てる感じがして」 なに、映像って?! 益々顔が熱くなる私に、三村さんが「その話し」、再び言葉を繋げる、 「堀北さんから、あたしらも聞いてて――今、カマかけてみた」 にっと笑った三村さんをみて、うんざりしながらも「……な、何ですか」、言葉を繋げる。 「防災センターの人って」 「病院を色々管理してる人だよ。防犯や防災はもちろん、空調とか、照明とか、電気とか。とにかく色々、監視、管理してる人。1階にあるんだけど。防災センター、行ったことない?」 大きく首を横に振って「ないです」、脱力しながら呟くと、三村さんは「よく行くんだよね、そこには」、にやにやしながら言葉を繋げる。 「仮眠用のベッドもあるから、定期的にシーツ替えなきゃで。顔見知りになってる。って言うか、そこにいる若い人も、イケメンだよね。あたしこの間、少し話した」 自慢げに言った三村さんを見て、堀北さんが「あら、私も話したわよ」、対抗してくる。 「今日は良い天気ですね、って」 「どーでもいい」 「なに、どうでもいいって」 ばしばし腕を叩いた堀北さんの前で「わたしは」、杏ちゃんが声を上げる。 「クッキーもらいました。いつもありがとうって」 「なにそれ。どうして杏だけ?」 不満そうな三村さんの肩を。 「やっぱ男は、若い女がイイのよ」 堀北さんが、ぽんぽん弾く。 「いや、あたしも若いから! 杏とは4つしか変わらないから! 一緒にしないで!」 騒ぐ三村さんに堀北さんは「若さは日々、奪われていくのよ。50なんて、あっという間だから」、なんだか低い声で、魔女みたいに囁く。 「はあっ?! まだ20代なのに、なにそれ?! 色々怖いから、止めてくれる?!」 それを見て杏ちゃんが笑う。珍しく気味悪がっている三村さんが嬉しいのか、堀北さんは更に「あちこち痛くなるよー、それが当たり前になるよー」、再び魔女のように囁く。うんざりする三村さんを見て、また杏ちゃんが笑う。 ようやく和んだ空気にホッとした私は、改めてペットボトルとお弁当箱を握りしめると「あの、私」、言葉を繋げる。 「行きます」 杏ちゃんは、じっと私を見たあと。 「うん、またね……ありがとう」 口角を上げた。続いて。 「またおいで」 笑顔の堀北さん。そして、ちょっと面倒くさそうな顔をしながらも。 「また来れば」 掌を広げた三村さんに頭を下げて、リネン室を出る。 ――少し……かなり、ハードだったけど。杏ちゃんと話せて、少し元気が出たみたいで良かった。とは言え、これからが大変だ。きっと、まだまだ悩む……悩み続けるだろうけど。三村さんの言うとおり、1つずつ、向き合っていかなきゃいけない。 三村さんは少し毒舌だけど、いつも元気で明るかったから……まさか1人で子供を育ててるなんて、思わなかった。色々、あったみたいだけど。だからこそ強く前向きに、頑張っているのかもしれない。きっと杏ちゃんの心強い味方にも、なってくれるはずだ。 そして杏ちゃんも、三村さんのように――どんな道を選んでも、強く前向きに頑張って欲しい。 小さく息をつきながらも口角を上げて、ME室へと向かっているとポケットでピッチが鳴る。 榊さん? 思いながらも電話に出ると〈お疲れ様です〉、女の人が出た。
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