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視界いっぱいに、青が広がる。
真っ青な空から、視線を落とした足下には、真っ白な……雲?
ふわふわした感覚の中、視線を上げる。
一体、ここは?
ぐるりと視界を巡らせた背後に――久須義さんと、リツさんを見る。
どうしてあんなところに久須義さんが、リツさんが向き合ってるの?
そもそもリツさんは、どうしてここに?
久須義さんは、睦月に〈入って〉たんじゃないの? 出たの?
じゃあ、睦月は? 松瀬くんは?
桜くんは? 真中は小向は?
と言うか、ここはどこなの?
かなり混乱しながら、この空間で唯一の存在である2人へ、足を向けようと……したんだけど。
何もないはずの目の前に壁を感じて、どん、ぶつかる。
先に行けない。ガラスでもある?
見えないのに確かにある”ひんやりする透明な何か”に、両手を当てると――まるでスクリーンの中に吸い込まれたような感覚とともに、2人へと視界が近づき「どうしてリツがいる?!」、ぼんやりとした頭の中で声が響き始めた。
「リツは全部、知っていたのか?」
じっと見詰める久須義さんに。
「わたしはただ、たどり着いただけだよ。理へと」
リツさんは静かに答える。
「またそれか」
苛立つように吐き捨てた言葉を「力で動かす未来に、何をみる?」、リツさんがゆっくりと拾う。
「〈夢幻寄霊琉〉に〈浸食〉されれば、力を得られると思った?」
黙り込む久須義さんを「でも、怖くなった?」、リツさんはじっと見据える。
「大きな力を目の前にして。その力を望んだはずなのに。だから逃がしちゃった?」
一呼吸おいて「リツは知っていたのに」、探るような眼差しを向けた久須義さんを見る。
「どうして、おれを訴追しなかった?」
「問題はそこじゃないからだ」
リツさんは低い声で言うと、じっと久須義さんを見据えた。
「どうして、いつまでも力にこだわる? 〈人ならざるモノ〉の代表にもなったのに。どうして」
「リツには分からない」
切るような声で遮り「〈人ならざるモノ〉の代表になっても」、言葉を繋げる。
「いくつになろうとも――どれだけ上を目指そうとも。目指せば、目指すほど満たされない。おれのことを認めないヤツらがいる。”純血”でありながら天賦の才などなく、死ぬほど努力しなければ地に落ちる、クズだってことを」
「認めないなら、相手にしなければいい」
静かな声に。
「リツはいつも、簡単に言う」
視線を落として「あの日」、上げる。
「リツに会って、おれは変わった、変われた。リツの言葉は、おれを強くし、動かす。リツは高いところにいるはずなのに、いつもおれに視線を合わせて、手を差し出してくれた」
見詰めるリツさんに「ついていきたいと思った」、ぽつりと言葉を落とす。
「リツが目指す場所へ。見たいと思った、リツと同じものを。リツには、どんな理想も現実に変える力がある、そう思った。でも」
ふと、久須義さんの眼差しが強くなる。
「あの女が、すべてをぶち壊した。おれたちを、リツを!」
リツさんは気持ちを抑えるように、大きく息を吸って。
「壊したのは、兼嗣だ」
静かに答える。でも久須義さんは「おれじゃない!」、低く叫ぶ。
「あの女がリツを壊し、今も壊れている! あの女の子供を本家に引き入れ、あの女の子供に”孤高の〈霊奏至〉”を、〈夢幻寄霊琉〉を〈昇奏〉させた! 貶めた! 挙げ句に、あろうことかその”混血”を――あの女の子供を、次期総代にしようとするとは! おれが正しい道へと導いたのに! リツはまだ、現を抜かしている!」
どん、と胸を押され「わたしに黙って」、リツさんの眼差しが強くなる。
「彼女を傷つけ、そのことを何年も隠していたのに、”正しい道”だって言うのか」
でも久須義さんは「正しい道だ」、引かない。歯がゆげに「リツはただ」、眉を顰める。
「逃げようとしていただけだ。あの女を使って、〈霊奏至〉から、運命から。誰もが羨む力がありながら持て余し、その力に群がるモノたちに嫌気がさしてた。でもその力からは、運命からは逃げられない。分かっているはずなのに、逃げようとした。だから、おれが」
「力なんて、無意味だ」
リツさんは低い声で遮って、呟く。
「その先に、わたしの欲しいものなんてない」
「それはリツが求めないからだ、望まないからだ。求めれば、望めば――見つかる、手にはいる。リツ自身のことでも、総代としてでも」
「わたしは総代になることを、望んだわけじゃない。たどり着いただけだ」
責めるように見たリツさんに。
「望まなくとも、そうあるべきだ」
言葉を押しつける。
「誰もがリツを求めている、望んでいる。リツが目の前に立てば、誰もが感服し、その足下に跪く」
「そんなものに何の意味がある? 兼嗣は欲しいものを、私の手で掴もうとしていただけだ」
ぐっと口元を結んだ久須義さんに「あげるよ、こんなもの」、リツさんは言葉を投げる。
「こそこそしなくても、わたしに直接言えばいい。総代になりたいと。すぐに受理する」
「戯れたことばかり! リツはただ、恐れているだけだ!」
「そうだよ、わたしは怖い。私が望むものはすべて壊れる。だからわたしは理を待つ、待っている」
「待ってなど、いないだろ」
久須義さんは声を低くして、大きくリツさんを睨む。
「理を待つとか、たどり着いたらとか、面倒なことを言ってるが。結局はその理を、人を、物事を、動かしてる。リツが嫌っている、その力で。全部を見透かし、掌にのせて、楽しんでる。リツの言う”理”とやらが、意のままに動くことを!」
小さく黒目を上げたリツさんから「結局リツも、バカにしてる。おれだけじゃなく、自分以外のすべてを蔑んでいる」、大きく一歩下がる。
「信じられるのは、依流智だけだ。おれにはもう、依流智しかいない。依流智たちとともに〈夢幻寄霊琉〉のような、それを超えるような、大きな力を持つ。持って、すべてを手に入れる」
大きく一歩下がった久須義さんを見て、リツさんは歯がゆげに「だから、そんなもの」、言葉を繋げる。
「持たなくていいと言っている」
大きく息を吐いたあと。
「力で動かす未来に、意義はない」
静かに、でも言い聞かせるように見詰めながら、ゆっくりと手を伸ばす。
「わたしが教える」
久須義さんはその手に視線を落とし「何故」、ぽつり、呟く。
「今なんだ。おれを突きはなしたくせに」
「いいから、手を」
「おれはずっと待ってたのに」
「手を、わたしに」
「もうおれは、堕ちてる」
「まだ、大丈夫だ。わたしが、なんとかする」
「堕ちたおれを、救えるのか?」
「救えるよ」
「禁忌だ。堕ちたモノは〈封霊〉しなければならない。おれを救えばリツも堕ちてしまう」
「堕ちない。わたしを信じて」
「信じれば、救われるのか?」
「救われる」
「また簡単に言う。テストで1番になるのとは、ワケが違う」
「同じだよ」
「あれはリツが根気強く、教えてくれたからだ」
「今も、同じこと。だから手を」
ぼんやり見詰めていた手から「そこまで言うのなら」、眼差しを上げる。
「リツが来ればいい。1つになって、力を共有して。教えてくれればいい。力で動かす未来に、意義などないと」
「堕ちてしまったら、意味がないんだ」
悲しげに言ったリツさんに「なんだ、意味とは」、久須義さんは眼差しを強くする、声を低くする。
「もはやおれ自身に価値など、意味など見いだせないというのに。力を手に入れられるのなら、バカにされないのなら、見返せるのなら、喜んで堕ちる」
「でも依流智たちが、悲しんでいる」
リツさんの静かな声に、久須義さんの表情が一瞬、切なげに歪む。でも「今更、もう遅い」、自分に言い聞かせるように強く言葉を重ねる。
「おれはもう、戻らない。〈夢幻寄霊琉〉を超える力を、依流智たちと手に入れる! それでも救える、教えるというのなら! リツが、おれと来ればいい!」
紅蓮に瞳を瞬かせながら、リツさんに手を伸ばす。でも。
「いかないよ……ぼくは」
リツさんは、ぽつりと呟きながら手を引き戻し――色が落ちて行く、青い空に目を向ける。
「だって、もう」
紺色になった空から、浅く瞼を落としたのと同時に、伸ばしていた久須義さんの腕がボトッと落ちる。
「〈六角〉に、入ってる」
力のないリツさんの声と共に、久須義さんが――頭から、どろどろ、溶けていく。
――瞬間、視界が、意識が引き戻り。
何があったのか考える間もなく――手を当てていた透明な膜が、ぐにゃりと揺れ、前のめりに倒れ込んだ。
そのままぐるんと視界が回り、透明な膜が私の体を包み込みながら丸くなったかと思うと、一気に上昇していく。
そのスピードに戸惑いながらも――頭上に小さな光を感じて、目を向ける。
その光はどんどん大きく、近くなっていく。
まぶしさに目を細めながらも、見上げていると。
膜がその光に触れた瞬間。
ばんっ!
弾けて、瞼が落ちる。
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