FINAL ACT

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「どうした」 真中の声に顔を上げる。訝しげな真中と目が合ったのと同時に、たくさんの人の声が耳をついた。 「なんだ、その顔は。何をそんなに驚いている?」 あれ、海は? シルアラは? ごちゃごちゃ思いながらも御神木へと――導かれるように目を向ける。 少し遠くてハッキリとはしないけど。大きな幹の傍に数センチの、細くて小さな……苗木のようなものが寄り添っているのが見えた。 『リツと共に、育てている。力を貸して欲しいと言われた』 大きく息を吸って、真中を見る。ものすごく訝しげな顔をされたけど。 再び真中の腕を引っ張ると、今度は人波から外れるように足を進めた。 「どうした? 気分でも悪くなったのか?」 ごちゃごちゃ言う真中をとにかく引っ張り参道から外れ、人の少ない手水舎(ちょうずや)の傍で立ち止まる。 「大丈夫か?」 心配そうな声を聞きながら大きく深呼吸したあと、腕から手を離し向かいあわせに立って見上げる。 「地球は、回るよ」 訝し気な眼差しを受け止めながら、冷たい両手をそれぞれ握って一呼吸おいたあと、再び目を向ける。 「辛くて、悲しくて、どうしようもなくて。なのに周りは嬉しそうで、幸せそうで。自分だけが取り残されたような気持ちになるけど……やっぱり、地球は回ってる。もちろん、小向も、私も、松瀬くんも、桜くんだって」 見詰めるだけの真中に。 「真中と一緒に……真中の隣で、回ってるよ」 大きく口角を上げる。 真中は瞬きを忘れたように私を5秒、見詰めたあと。 「またか」 低い声で呟きながら手を握り返して――引き寄せた。唐突だったので、引き寄せられた勢いのまま、真中の胸にぶつかり、寄りかかってしまう。 「勝手に、入ってくるな」 突きはなすような口調なのに、ぎゅっと抱きしめるから「大丈夫なわけ、ないよね」、切なくなって声が掠れてしまう。 「だって真中は久須義さんのこと、ずっと信じて」 「黙ってろ」 「でも」 「もう少し……このまま」 なんだか切なげに呟きながら、私の頭に頬を寄せたとき――勢いよく私たちに抱きついてきたのは。 「小向(こなた)」 2人で見ると、心配そうな上目遣いを真中に向けながら。 「……真中の……気持ちは……分かって、る……から……」 少し悲しげに呟く。真中は小さく息をつきながらも「そうだな」、小向へと腕を伸ばし、抱き寄せた。 「悪かった」 ぎゅうぎゅう抱きつく小向に、真中は小さく口角を上げた。ほっと息をついたのと、同時に。 「花江さんは、こっち」 手を掴まれ「桜くん」、引き寄せられながら目を向ける。 「小向は口下手だからね。真中は助けを求めるのが下手だし。でも花江さんには、気を許せるみたいだね。それを小向も分かってたから、真中に追いかけさせて――会いに来たんじゃないの?」 「……そう、なのかな」 「そうだよ」 不敵に口角を上げたあと「もちろんぼくも、ちゃんと理解してるよ」、言い聞かせるような口調で言葉を繋げた。 「花江さんの優しさも、ほっとけない性分も。だから真中とべたべたしてても、全然気にならない。ぼくは、ね」 意地の悪い眼差しを向けながら、頬を(つつ)く。なんだか言葉を探せず、小さく息をついていると……突然鞄から、ミッション・インポッシブルの曲が大音量で聞こえ、急いで中に入っていたスマホを取り出した。 画面を見て――”來亜(らいあ)理亜都(りあと)”――やっぱりと思いながら、通話をスライドする。 〈【あ、ごめん、いきなり電話して! あの、何してるかなって、思って】〉 若干、着信音をどうにかして欲しいと思ったけど。理亜都が、とても慌てたように言うから「今、尾守山の杜にいるの」――誰? って顔をする桜くんを横目に、言葉を繋げる。 「降臨祭に、来てて」 〈【そうなんだ! じ、実はぼくたちも行こうと思って今、雨宮公園にいるんだけど】〉 そんな偶然ある? もしかしてカメラでみてる? それとも他の何か?  辺りを見渡しながら訝しげに「そうなの?」、聞き返すと、すかさず〈降臨祭なんて、行かない、行かない、行かない〉、來亜の声が聞こえてきた。 〈花江芽愛里に会いたくて、来た、来た、来た〉 やっぱ、そうなんだ。思わず、小さく息をつくと〈【ご、ご、ごめん!】〉、理亜都がすごい勢いで謝った。 〈【ど、どうしても……その……会いたくて……】〉 とても、とても寂しそうな声。桜くんがまた、誰? って顔をしてる。そんな桜くんの傍へ小向と真中も近づいて来ると、訝しげな目を向けた。どうしよう、と思いながらも〈【困らせて、ごめん】〉、また謝るから。 「少し、だけなら」 言ってしまう。途端〈【すぐ、そっちに行くよ!】〉嬉しそうな声が飛んできて、切れる。やっぱり、何かで見てるよね? 視線を巡らせていると、持っていたスマホが震えた。松瀬くんから、メールだ。 〈バイトが終わった。体は大丈夫か?〉 嬉しいメールなのに、またどうしよう、と思う。 「遙斗と会うの? と言うか、誰から電話だったの?」 桜くんの声に顔を上げると、正面でスマホを覗き込んでいた桜くんと目が合う。 「……ドーナツ……食べたい……」 今度は左から覗き込んでいた小向が呟く。 「何故、体を気づかう? 何をした?」 そしてやっぱり、右から覗き込んでいた真中が、横目で見た。 いや、どうして皆で、見てるの? 思わず鞄にスマホを入れていると「花江芽愛里、花江芽愛里、花江芽愛里」、声がして振り返る。途端、人波から來亜と理亜都が飛び出してきたかと思うと、勢いよくこちらに向かって走ってきた。 来るのが、かなり早い。雨宮公園じゃなく、もっと近いところにいたのかも。それにこの人混みですぐに見つけられるなんて、絶対何かでみてた。ちょっと困惑しながらも、大きく手を振る來亜と理亜都を改めて見る。 緑の大きめモッズコートに、黒のスキニーとスニーカー。そして耳のついたピンクパーカーのフードを被っている。長い前髪に加え、大きなフードのせいでますます顔がよく見えない。ただでさえ高校生っぽいのに……今日は、中学生にも見えた。案の定。 「誰なの?」、桜くんは眉を顰め。 「……耳!……」、小向はきらきら、目を輝かせる。 「子供か?」、真中は、面倒臭そうな顔。 でも、そんな3人の視線をものともせず、私の前で足を止めると。 「【嬉しいよ、嬉しいよ! 会えて本当に嬉しい!】」 ぎゅっと拳を握り、声を弾ませる姿が可愛くて「私も嬉しいよ」、思わず笑顔を見せていると――「……かわ……いい……」、小向が私の腕に手を回しながら、パーカーについてる耳を小さく指さす。すると「これ、いいよね、いいよね、いいよね!」、來亜が嬉しそうに言葉を繋げた。 「耳だけ、もふもふ、もふもふ、もふもふ!」 頭を下げてみせる。確かに、ふわふわ、もふもふしてる。見詰める私の横で、小向は一層、目をきらきらさせながら、その耳に触る……触ろうとしたんだけど、真中に掴まれてしまう。同時に「誰なんだ、コイツは」、真中の低い声と、不愉快そうな横目が私に飛んできた。 「親はどこにいる? 知り合いなのか、迷子なのか」 失礼な言葉を吐く真中に「子供じゃないから、二十歳だから」、とりあえず來亜の年齢を告げていると、後ろから桜くんが「で、誰なの?」、声を飛ばしてきた。 「ちょっと……変わってる、みたいだけど」 そう言いながら彼らに近づき、探るような眼差しを向けた。同時に『2人の”あうら”が1つ――文字通り、1人ってことだよ。”あうら”的には』リツさんの言葉を思い出す。 やっぱり他の”あうら”とは違うんだろうか? 思いながらも、2人のことをどう言えばいいのか考えてしまう。 直球で言えば、夏帆のお姉さん……いや、お兄さん……どちらかはハッキリはしないけど。とにかく冬璃さんの養子、だから。 「2人は夏帆の親戚……みたいな、感じ」 とは言え、歯切れの悪い私に「2人?」、真中が小さく眉を顰める。 「どこに、もう1人いる?」 すると桜くんが「彼は1人だけど」、人差し指を立てたあと、ピースしてみせる。 「2人なんだ」 「1人だけど、2人?」 呟きながら軽く見た小向も、小さく首を傾げている。途端「分かんなくて当然だよ」、桜くんはちょっと得意げに言葉を繋げた。 「すごく、特殊だよ。〈入って〉るのとは、また違う。でも“あうら”が......ほらほら、よく”視て”」 まるで先生みたいに言う桜くんと一緒に、真中と「そうなのか?」、小向は「……よく……視る……」、2人を囲むように近づいて、じろじろ視詰(みつ)め始めた。 やっぱり2人の”あうら”は、特殊みたい。桜くんしか、分からない感じだけど――距離、近くない?  案の定、3人の視線を浴びる來亜と理亜都は、顔を真っ赤にしながら、私へと助けを求めるように目を向けた。 確かに、動物園状態になってる。慌てて「そんなに見ないで」、囲んでいる3人を押しのけ――來亜と理亜都を背中に、前を向く。 「2人とも、困ってるよ」 途端、面白くなさそうに「その子を、どこで拾ったの?」、言った桜くんの隣で、小向が「……耳……触りたい……もふもふ……」、ゾンビのように両腕を上げたのを、そのまた隣にいた真中が「触らんでいい」、呆れたように掴んで下ろす。 そんな3人を見て來亜と理亜都は少し怯えたように「皆、霊奏至?」、呟いた。それを聞いて「関係者?」「……あや……かし……?」「あの耳は偽物だ」、それぞれ口を開いたとき。
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