FINAL ACT

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「こんなところで、何をやっている」 突然の声に全員で目を向けると、手水舎(ちょうずや)を背中に松瀬くんが不機嫌そうに立っていた。 赤いニットのセーターに黒のMA-1を羽織り、大きめダメージジーンズと黒のスエードブーツ。いつもよりちょっとカジュアルな感じ。とは言え。 「松瀬くん!」 私と目が合っても不機嫌そうな顔は変わらなかった。でも嬉しくて、思わず駆け寄ってしまう。 「来たんだ。でも、どうして?」 返信してないはず、なのに。そこへすかさず桜くんが近づいてきて「視たんだ」、声を投げる。 「”セツゲツチュウ”で」 嫌味な言い方に松瀬くんは小さく眉を顰めながらも、桜くんへと目を向ける。 「メールが返ってこなかったからだ」 私の言ったことを繰り返したけど。桜くんは瞼を重くする。 「そんなに時間、経ってないと思うけど。こっちに向かいながらメールしてたんじゃないの?」 黙っている松瀬くんに「理由が、いるんだ」、今度は意地の悪い目を向けた。 「聞かれても、納得してもらえるような。所謂(いわゆる)、プライバシーってヤツを守る為に。そんなんだから、何かあっても中途半端になるんだ」 見詰めるだけの松瀬くんへと更に足を進め「どうにかしてもらえないかな」、大きく見下ろす。 「遙斗の”セツゲツチュウ”」 眉を顰めた、松瀬くんを見て「その話は、ちょっと」、思わず口を挟むと、松瀬くんの視線が勢いよく向けられる。 「ちょっと、なんだ」 強い口調で聞き返され、口を閉じてしまう。でもすぐ。 「花江さんは関係ないよ。ぼくが話してる」 桜くんの声に、松瀬くんの視線が目の前へと上がる。 「遙斗が記憶を奪っちゃったのは、大きく、大きく譲って許すよ。ぼくが対処、出来たからね。でもそのあとは、どう? 花江さんのピンチ、いくつもあったよね? 遙斗が”セツゲツチュウ”で視てたにも関わらず、だよ。関係なさそうな花江さんに久須義さんと、父まで接触してた。遙斗は知ってた?」 見上げるだけの松瀬くんに「知ってたとしても、いいよ」、低い声を繋げる。 「判断するのは、遙斗だ。遙斗には、遙斗の事情があったんだろうね。そこも譲るよ。父と関わってると色々、惑わされるから。そこも分かってる。譲るよ、大きく、大きくね。だってぼくも、至らないところがたくさんあったからね」 軽く眉を下げたあと「ぼくも父の物語に入り込んでた」、黙っている松瀬くんに言葉を繋げる。 「深く、深くね。特殊な状況で、なかなか花江さんと関わることが出来なかったんだ。ぼくがこの物語に出て来たのは、かなりの終盤。歯車はすでに回り出していた。それでもぼくはなんとか状況を把握しようと情報をかき集めたよ。もちろん久須義さんにも注視してたし、父が絡んでることも知った。それに御神木や依流智、睦月に真中や小向、そして柴犬。でも情報が多すぎて、正直どう繋げればいいか分からなかったんだ。対処するには時間が必要だった。でも、もう物語はクライマックスだったんだ」 そこで一度言葉を切って「状況を飲み込めたのは」、声を低くした。 「遙斗と同じ、〈幻智〉でだよ」 すごく、不満そうな顔。桜くんの言ってることは分かるけど。なんだか松瀬くんを責めてる感じがして「私は、全然」、慌てて言葉を繋げる。 「助けて貰えなかったとか、遅かったとか、そういうこと全然思ってないし。むしろ2人には感謝してるっていうか、申し訳なかったっていうか」 「そう言って貰えるのは、ありがたいけど。今は遙斗と話してるんだ」 桜くんは少し強い目を私に向けたあと「視てたよね」、再び松瀬くんを見下ろす。 「花江さんが睦月を家に招いてたことも、有川って男に言い寄られてるとこも。もちろん記憶を奪ってたから、しょうがないって言い聞かせてたんだろうけど。正直、視たくなかったはず。出来れば知りたくなかったよね、視たくなかったよね。だから判断が鈍って、色々、(おろそ)かになったのもあるんじゃないの?」  小さく視線を落とした松瀬くんに「しかも。花江さんの記憶が戻った今も、その気持ちを引きずってる」、瞼を重くした。 「視るときの、理由を探してる。花江さんが視られてるかもしれない、と思うような状況でしか視てない。それでまた、何かあったらどうするの? 父の手の中に、花江さんはいるんだ。絶対また、巻き込まれる。遙斗はそれを察知出来る? 今回みたいに、花江さんを危険な目にあわせないって誓える?」 やっぱり答えない松瀬くんを見て「わ、私は全然」、再び口を開いてしまう。 「大丈夫だから。2人には、なんでも話すつもりだし、だから」 「遙斗に任せるってこと?」 横目で見下ろされ「……はい」、肯定しながらも、妙な間が出来てしまう。それに反応したのは「桜果と何を話した」、松瀬くん。おそろしく不機嫌そうな横目に「べ、べ、べ、べつに」、すごく慌ててしまう。 「な、何も、全然、話してないよ」 「僕には桜果が、別の理由を使って芽愛里を擁護しているように聞こえる」 鋭い指摘に。 「擁護とか、そんなこと」 なんだか困って視線を逸らすと桜くんが「そう思うんなら」、松瀬くんの視線を引き寄せた。 「ぼくに任せればいいんじゃない?」 桜くんの言葉を聞いて、松瀬くんの視線が再び私へとスライドする。なんだか息が止まる。そこから……5秒、桜くんへと視線を戻して。 「ダメだ」 低い声で言った。桜くんは口をむっと口をへし曲げたあと。 「花江さんの希望でも?」 会心とも言える一撃を放つ。それ、言わないで! 思わず両手を頬に当ててしまった私を、松瀬くんが横目で見る。でも(ひる)むこと無く「ダメだ」、きっぱりと言い切りながら、桜くんへと視線を戻し大きく見上げる。 「芽愛里の要望は却下する」 「なんでさ! 花江さんの気持ちを優先しないの?」 「優先しない」 「そういうのエゴって言うんじゃないの?」 「言わない」 「言うよ」 「それは桜果のほうじゃないのか」 「ぼくじゃない。花江さんの希望を叶えようとしてるんだ」 「桜果の希望でもある」 「だから、何。一致してるんだから、いいんじゃないの?」 「ダメだ」 「ほら、エゴだ」 「桜果は利用しているだけだ」 「利用なんてしてないよ」 「している。つけ込んでいる」 「失礼な言い方、止めてくれる?」 「桜果こそ失礼だ」 「どこが失礼なのさ」 「すべてだ」 睨み合う2人に「あの、その、人が見てるから」、声を投げたけど。 「芽愛里は黙っているのだ」 「花江さんは黙ってて」 2人に睨まれ、口を閉じる。そこからまた「遙斗はずっと」、始まってしまう。 「花江さんを視てられるの?」 「そもそも何故、ずっと視る必要がある」 「いつ、何があるか分かんないよ。父だって神出鬼没だし、多分話してる様子は視ることが出来ないからね」 「僕なら分かる」 「分かってなかったよね?」 「今以上に視る」 「今以上じゃダメなんだって。ずっと視てなきゃ」 「ずっと視なくていい」 と言うか、私が”セツゲツチュウ”で監視されるのが前提になってるけど。どっちか選べって感じなってるけど。そもそも私は、視られることを望んでないし、視られなくない。 確かに、心配してくれてるのは分かる、分かるんだけど……大きく息を吸って睨み合っている2人に「もう止めて!」、力強く声を飛ばす。 「視なくていいから! 2人とも、だよ!」 かなり強めに睨みながら、言ったんだけど。目が合って……3秒、再び前を向いて。 「とにかく、ダメなものはダメだ」 「横暴だね、暴君だ!」 また始まる。 え、スルー?! どっちかなの? 視られなきゃいけないの?  うんざり、大きく息をついたとき「花江芽愛里、花江芽愛里、花江芽愛里!」、來亜の声と共にコートを引っ張られ目を向ける。
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