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「彼女の名前、知りたい、知りたい、知りたい!」
「彼女? 小向のこと?」
「小向、小向、小向! 可愛い、可愛い、可愛い!」
なんだか嬉しそうに叫んだけど、すぐ理亜都が「【可愛くないよ】」、怒ったように言葉を繋げた。
「【ちょっと変わってる。だってぼくのこと、あやかしだと思ってるんだよ】ぼくは、あやかし、あやかし、あやかし【來亜がそんなこと言うから、あやかしだって思い込んでる。きちんと説明してくれない?】」
「そうなの?」
訝しげに聞き返したのと同時に、小向が横目に近づいてくるのが見えた。それを真中が「小向、待て」、追いかけてきたけど。
横から近づいてきた小向が「……あやかし……あやかし……」、彼らのおでこに手を当てる。そのまま黙り込むから「ちょ、ちょっと待った」、小向の手をおでこから離し、言葉を繋げた。
「2人はあやかしじゃないから」
不満そうな目を向けた小向の傍に、追いかけてきた真中が立つ。
「確かに、あやかしじゃなさそうだが。自らあやかしと言っている」
大きく頷く小向を見て、來亜は「可愛い、可愛い、可愛い!」、真っ赤な顔で叫んだけど、理亜都は「【可愛くないよ! 花江さん、説明して】」、不満そうに言いながら、私の後ろに隠れてしまった。
それを真中が「態度も言葉も、ころころ変わるな」、訝しげに見る。
「やはり〈入ってる〉状態とは違うが、どうなってる?」
その隣で小向がロックオンするような目を向けるから「2人は兄弟で」、慌てて言葉を繋げる。
「弟の理亜都が亡くなって、兄の來亜の体に”入った”の。もちろん〈入って〉るんじゃなくて……でも、1つの体に2人いるんだけど。”あうら”は1つ、みたいで」
「”2人いる”のに”あうら”が1つ?」
「リツさんが、そう言ってた」
「総代が?」
真中と小向が眉を顰めたとき。
「ルームへ行く」
松瀬くんが私たちの間に入ってきた。その少し後ろに、不機嫌そうな桜くんが立っている。話しはどうなったの? 気になりながらも繋がる松瀬くんの声を聞く。
「桜果と、真中と小向も連れて来いと言われている」
4人で、4秒……見詰めたあと、私が口を開く。
「誰に言われたの?」
「睦月だ。電話が掛かって来た」
「睦月?」
「芽愛里は夏帆と会う約束をしていたのだろう?」
なんとなくトゲを感じて。
「べ、別に約束っていうか、松瀬くんと会ってからと、思って」
言い訳めいた口調になってしまう。でも松瀬くんは。
「別にかまわない」
低い声で言うとスタスタ歩いて行く。
怒ってる、ものすごく怒ってる! おそろしく、果てしなく、怒ってる!
とは言え、今追いかけても絶対、口をきいてくれないし、目も合わせてくれないのも……分かる。
がっかりしている私に、桜くんが「花江さん!」、声をかけてきた。
「ぼくは負けないよ。絶対、ぼくが視るからね!」
どう答えていいのか分からなくて、ぼんやり見詰めてしまう。でも。
「大丈夫、頑張るから!」
桜くんは元気に言うと、松瀬くんを追いかけるように走って行った。それを「……桜果……待って……」、小向が慌てて追いかける。当然「待て、小向」、真中も後を追う。
ぼんやり人混みに消えていく姿を見送りながら、考える。
なんだろう、このもどかしい気持ち。
そもそも、どうしてケンカなんかしてんだろ。
”セツゲツチュウ”でどっちが視るか、なんて。
こんなケンカの原因、世界で私だけなんじゃないの?! 私だけしかいない!
膝を抱えたくなったけど。
「【りっちゃん以外の〈霊奏至〉に会ったの、初めてだよ】」
來亜と理亜都が傍に来たので「そうなんだ」、答えながら口角を上げて、気持ちを切り替える。
「でも、ごめんね。なんかちょっと、色々……」
「【全然、ぼくが押しかけたから。ぼくこそ……ごめん】」
寂しそうな顔をしたけど、すぐ「小向、可愛い、可愛い、可愛い!」、笑顔で言う。
「【來亜はさっきから、そればっかり】だって、可愛い、可愛い、可愛い!【もう、分かったよ】」
最後は理亜都が、うんざりしたように言った。來亜、冬璃さんのことはいいのかな? と言うか、來亜って年上好き?
「小向、どこに行ったの? 行ったの? 行ったの?」
「えっと、小向は……マンションに」
「【マンション?】それ、どこ? どこ? どこ?」
「この近くなんだけど」
「行きたい! 行きたい! 行きたい!」
更に詰め寄られて――夏帆が浮かぶ。
いいのかな、連れて行って。冬璃さんの話しも、したいけど。2人がいると、話しにくいこともあるし……少し悩む私を見て「【全然、いいんだ。困らないで】」、理亜都はそう言ったけど。
「理亜都との約束、守ってない、守ってない、守ってない」
來亜の声に、そう言えば、と思う。
リツさんに『直接、キミが理亜都にお礼をしてよ』と言われて『お礼、させて。ちゃんと考えておくから』って言った、けど……考えてなかった。それを察したように來亜が。
「忘れてた、忘れてた、忘れてた!」
突っ込んでくる。忘れてないとも言えず、更に困って見詰めるだけの私に來亜は「お礼してもらう、してもらう、してもらう!」、更なる攻撃を仕掛けてくる。
「マンションに連れて行って、連れて行って、連れて行って!」
「でも、それって來亜に対するものにならない?」
とりあえずの抵抗をしてみた。でも。
「理亜都も、本当は行きたい、行きたい、行きたい! 花江芽愛里と一緒に、いたい、いたい、いたい! でも我慢してる、我慢してる、我慢してる!」
そう言ったあとハッとしたような顔をして、下を向く。そのまま両手で顔を隠したけど……きっと顔は、真っ赤なんだろうな。途端、忘れていた罪悪感と、健気な姿に、なんだか胸が痛くなってしまって。
「……分かった。一緒に行こう、マンション」
言ってしまう。
「【やった、やった、やった! 小向、小向、小向!】」
飛び跳ねる來亜を見ながら、大丈夫だろうか? 一抹の不安が、むくむく膨らむ。
とは言え、夏帆に聞いてもあまり良い返事がもらえる気がしないし、きっと松瀬くんも怒ってるし、他のお礼も浮かばないし……だって松瀬くん、怒ってるし、怒ってるし、怒ってるし……もはやそのことで頭がいっぱいで、あまりごちゃごちゃ考える気にもなれない。
一気に気持ちが、落ちそうになったけど。
「行こう、行こう、行こう!」
元気に言う來亜を見て。
「だね」
小さく口角を上げて、一緒に歩き出す。
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