FINAL ACT

42/50
前へ
/320ページ
次へ
「何やってんの?」 訝しげなグレーの瞳を向ける、夏帆。 ローズピンクのニットに白のサロペットとラフな感じだ。 とは言え、焦り過ぎて言葉が出てこない。代わりに、隣に立っていた2人が「【ここのセキュリティについてなんだけど】変えたほうがいい、変えたほうがいい、変えたほうがいい」、よほど気になるのか、夏帆に向かって話し出す。 「【どこの会社のものなの? あまり見たことのない型だけど】見たことない、ない、ない」 夏帆は5秒、彼らを見詰めたあと。 「オリジナルだから、見たことないのは当たり前。独自のプロセッサーで管理してるの」 素っ気なく言い放ち、私へと目を向けた。 「どうして一緒にいるの? そして何故、連れてきたの?」 「……誰か、分かる?」 「”あの兄弟”でしょ?」 「会ったことあるの?」 「ないけど、分かるでしょ」 少し呆れたような目を向けて「遠くから」、言葉を繋げる。 「冬璃と一緒にいるのを軽く見かけただけだから、顔はよく見えなかったけど。芽愛里の浮かない顔を見れば、ピンとくるよ」 名前が出てきて「【え、冬璃と?】冬璃、冬璃、冬璃!」、2人が口を開く。 「【冬璃とぼくたちを、どこで見かけたの?】冬璃と知り合い? 知り合い? 知り合い?」 「出来ることなら、赤の他人がいいけどね」 夏帆は瞼を重くして、明言を避けながらも「とりあえず、入って」、私たちを招き入れてくれた。とは言え、それ以上話したくないオーラを感じたから「ごめん、ありがとう」、それだけ言って、ルームへと足を踏み入れる。 不機嫌そうな夏帆を横目に「小向(こなた)! 小向! 小向!」、來亜が叫び、リビングの長いソファーに座っていた小向へと駆けて行く。傍には真中もいた。 大丈夫かな。とりあえず2人は、小向の隣に座ったけど。真中が素早く立ち上がり……(あいだ)に座った。來亜と理亜都は少し驚いた顔をしたけどそれ以上動くことはせず、左右に離れて座っている他の2人に――睦月と桜くんへと視線を向けた。 2人は離れた1人掛けのソファーに向かい合わせで座り、スマホに目を落としている。またゲームしてる? と言うか、松瀬くんは?  視線を大きく動かした私を見て、夏帆が察したように口を開く。 「松瀬遙斗はココにいないよ。部屋にいる」 「えっ、部屋にいるの?」 「そう」 大きく(うなづ)きながら私をアイランドキッチンへと促し「とりあえず顔は出したけど」、言葉を繋げる。 「”部屋に行く!”って、すぐ出て行ったよ。ほっとこうかとも思ったけど、やっぱり少し気になって行こうとしたら、芽愛里と会った」 じとっと横目で見られ再び、ごめんって顔を向けると、仕方ないなって感じで小さく口角を上げてから「部屋に行く前」、言葉を切り替える。 「桜果とごちゃごちゃ話してたみたいだけど……何かあった?」 「……あった」 「だよね」 夏帆は苦笑いながら大理石のワークトップに立つと、包丁を握る。まな板の上に乗っていたのは切りかけの、アボカド。 「もしかして、アボカドサラダ作ってくれてる?」 「好きでしょ?」 小さく口角を上げて、アボカドを切ろうとしたけど、ふと手を止め「ごめん」、私へと顔を向けた。 「冬璃が来て、車に乗せられたんだって? 松瀬遙斗から聞いた。本当、ごめん。大丈夫だった?」 唐突に謝られ「全然、ちょっと驚いたけど」、首を横に振りながら言葉を繋げる。 「なんと言うか、すごく複雑な人、だね」 「複雑どころじゃないから」 「最初は良い人なのかな、と思ったけど」 「良い人? 思ったんだ。一瞬でも、すごいね。”悪意の固まり”みたいな人なのに」 アボカドを切りながら、顔をしかめる。 前に話していたときと違って言葉も強いし、すごく冷たい。きっと今回のことで怒っているのかもしれない。 とは言え、私のせいでそうなるのは少し嫌だなと思いながら、とりあえず苦笑いを返して「と言うか」、気になっていることを繋げる。 「冬璃さんって、その……」 姉、なのか、兄、なのか。ハッキリ知りたい。でも上手く聞けず言葉を濁すと、夏帆は「もしかして」、小さく眉を顰めた。 「松瀬遙斗から、聞いた?」 逆に、松瀬くんに言ったの? と聞きたくなったけど、今はそんな雰囲気でもなく、黙って首を横に振る。すると今度は「まさか」、すごく焦ったような声で言葉を繋げた。 「冬璃が……言った?!」 なんだか強い眼差しに「……いや、あの……」、少し(ひる)んでしまう。 「言ったというか……なんと、言うか」 適切な言葉が浮かばず、視線を落とすと「まさか、まさか!」、包丁を持ったまま私へと向き直る。 「何かされた?!」 「いやいや、されてない、されてない!」 全力で否定しているのに「本当に? ウソでしょ? 正直に言って!」、包丁を構えたまま、詰め寄ってくる。 「だって冬璃が”それを言う”のは、”したい”ときだけ! だからっ」 ものすごく強い目で見られ「ほ、本当だって! 何もしてない、されてないっ!」、早口で言葉を繋げる。 「体は……ちょっと、触られたけど。松瀬くんが来てくれたから、全然、本当に大丈夫!」 途端「触られたんだ」、今度は声を低くして――「殺す!」、包丁を持ったまま、歩いて行こうとするから「ほ、本当! 全然大丈夫だから!」、腕を掴んで止める。すると夏帆は大きく息を吐きだして「ごめん!」、頭を下げた。 「私が家に押しかけてまで強く言ったから、余計に気を引いたのかも。でも芽愛里とは絶対、関わって欲しくなくて」 「夏帆のせいじゃないよ」 頭を上げた夏帆に口角を上げると――何かを思いだしたかのようにムッと口をへし曲げて「芽愛里と関わらないことを約束に」、なんだか独り言のように呟く。 「色々、付き合ってあげたのに。全然、守らない。ホント、もう二度と、話しには乗らないから」 小さく「え、何?」、首を傾げたけど、夏帆はそれには答えず――気持ちを切り替えるように小さく息をついてから、真っ直ぐ、眼差しを向けた。 「もう二度と、芽愛里に近づかせない。こっちも強行手段にでるって決めたから。本当、嫌な思いさせてごめん」 なんだか物騒に聞こえて「全然」、慌てて言葉を繋げる。 「本当に、もう大丈夫だから」 「でも、不愉快だったでしょ?」 「まあ……愉快ではなかったけど。逆に、何て言うか……感心もしたよ。頭の良い人、なんだろうなって」 「褒めようとしなくていいから。あの人に、長所なんてないし」 夏帆は瞼を重くしながら、うんざりしたようにアボカドをガラスのボールに移していく。でも、なんとなく……無理してるようにも見えて「冬璃さんは」、聞いてしまう。 「昔からずっと、ああいう感じ、なの?」 夏帆は小さく息をついたあと。 「ああいう感じ、なんだろうね。小さい頃は、よく分かんなかったけど」 なんだか自嘲気味に笑ってから「勉強も教えてくれて」、ぽつりと言葉を繋げる。 「家にいない、忙しい両親の代わりに、授業参観にも来てくれたり、休みの日は、遊びに連れて行ってくれたりも……した」 「そう、なんだ。優しいね」 夏帆は「そういうの、いいから」、また自嘲気味に口角を上げたあと「まあでも」、少しだけ、声のトーンを明るくする。 「その頃は、先生も友達もキレイなお姉さんだって、羨ましいって言ってくれたから……少し自慢はした、かな。でも、ある時……気付いたの」 「”姉”には……ないって。その……お風呂で」 気まずそうに言った夏帆を見て、冬璃さんも同じようなことを言っていたな、と思う。やっぱり冬璃さんは”兄”なんだ。同時に、でも何故、姉と言い続けるんだろう、と思う。 確か冬璃さんの話しをしていたとき、病気がどうこうで子供が産めないとか、言ってた。まあ実際、男なんだから産めるわけないんだけど……やっぱり見た目が女だからだろうか? 夏帆の口ぶりからだと、冬璃さんは大々的に公言しているわけじゃ、なさそうだし……いやでも、リツさんとの不倫も気にしてたな。と言うか。 リツさん、冬璃さんが男だって知ってるのかな? 冬璃さんの話しをしてるときは、なんとなく女性だと思ってる口ぶりだったけど。  少し考え込んでいると、また察したように「姉に見えますけど、実は兄なんです、なんて」、言葉を繋げる。 「わざわざ言う必要、ないでしょ。本人も、とりあえずは女で通してるから。こっちも、それで話しを合わせてる」 「……だよね」 「でも、松瀬遙斗には電話で言ったよ。いきなり、聞かれたから。”芽愛里の病院に迎えにきた冬璃は男なのか!” って」 少し府に落ちない顔で言われ――松瀬くんは確認するために電話したんだ。でも細かく説明はしなかったんだろうな、と思い「私が、冬璃さんの車に乗ったのを」、事情を説明する。 「”セツゲツチュウ”で視てて、追いかけてきてくれてたの」 「ああ……そういうことね。冬璃が芽愛里のところに会いに行ったのは分かったけど、細かいことがイマイチ分かんなかったから。冬璃に聞いても、送っただけだって」 ふと視線を落として、新たなアボカドを手にする。でも、一呼吸おいて「問題はそこじゃないの」、呟いた。だから「問題?」、聞き返すと、アボカドに目を落としたまま「冬璃が姉じゃなくて兄だってこと」、少し強い口調で言葉を繋げた。 「それは、いいの、全然。ただ問題は、そのあと。女の利点と男の利点を、面白おかしく話し始めたかを思ったら、夏帆もどう? って誘ったんだよ? 小学2年の、私に」 なんとなく……それらしいことを私にも言ってたけど。まさか、小学生の夏帆にも?  「冗談とかじゃ、なくて……?」 「冗談じゃなくて、本気なんだよ。夏帆のためだって」 なんだか言葉が出てこなくて見詰めていると「それで、分かったの」、表情を硬くする。 「あの人は、ただ。理解してくれない親を、悩ませたいだけ。親と冬璃はいつだってケンカしてた、してる。お互いを、蹴落とそうとしてる」 「そんなこと」 「あるの」 夏帆は低い声で呟いたあと「両親は」、アボカドを切り始める。 「あの人を認めたくなくて、私を産んだの」 いつだったかも、そんなようなことを言ってたけど。あの時とは全然、言葉も口調も違う。強い眼差しと硬い表情に、思わず「そんなこと」、また言ったけど「だから」、冷たく、低い声が返ってきた。 「そんなこと、あるの」 そこでふと、手を止めて「冬璃も……分かってるから」、声を小さくしながら、バラバラに散らばるアボカドを見詰める。 「私を壊したかっただけ。優しくして、洗脳して、思い通りにしたかったんだよ。両親を困らせて、優位に立つために。ただ、それだけ。両親も……冬璃も。私をただの、道具にしかみてなかった、みてない」 低い、低い声に、そうだとも、違うとも、もはや言えず……夏帆に寄り添うことしか出来ない。途端、夏帆は自嘲気味に溜息をつくと「ごめん」、明るい声を作った。 「だから嫌なんだよ、話すの」 寄り添いながらも心配そうな目を向けると「もういいの」、笑顔を作ってみせた。 「私はあの人たちの思う通りにはならないって決めてるから。家を継ぐ気もないし、どっちにもつく気なんてない。もう勝手にやればって感じ。それは本当に、もういい。でも」 大きく息を吸って、真っ直ぐ、私へと目を向ける。 「芽愛里に不愉快な思いをさせたのは、絶対に許せない、許さないから」 なんとなく思い詰めたような顔に見えたから「私は本当に、大丈夫」、力強く言ったあと――「ただ少し、2人のことが心配かな」、來亜と理亜都のことを口にする。 「冬璃さんは、2人に良くしてくれてるみたいだけど」 そこで言葉を止め――『彼女は”私”を認めてくれた”唯一の人”だった』冬璃さんは2人の母親に対してそう言いながらも『一応、血と涙はあるから』『2人が、何か言った? 助けて! 虐待されてる! とか』挑発的な眼差しを、不快な態度を思い出し――「何て言うか」、不安な気持ちを繋げる。 「……純粋に、気に掛けてくれてるのかなと」 すると夏帆は少し考えるような顔をしたあと「家に行って話しをしたとき」、記憶を辿るように口を開いた。 「確かに”大切な人の子供”だってことは言ってたけど。父が死んだタイミングで、その話を母にしたことには悪意を感じる」 なんだか不安が広がるけど――「でも私は」、夏帆の眼差しは少し冷たい。 「関係ないから。あの人たちの争いに……もう、巻き込まれたくないの」 また硬くなった表情を見て「ごめん」、やっぱり軽率だった、猛烈に反省する。 夏帆には、夏帆にしか分からない事情、そして感情がある。 冬璃さんは”ややこし”くて親とも仲が悪く、そんな環境で育った夏帆はすごく傷ついている。それでも冬璃さんや親とは、話さないワケでもなく。私のために、会いにも行ってくれる。でも、上手くはいかなかったみたいだけど。 とにかく、冬璃さんと夏帆は難しい距離感で、距離感なのに。軽々しく來亜と理亜都を連れて来た私は、本当に。 「全然、夏帆のこと、何も考えて無くて。と言うか、自分のことばっかりで」 言葉を散らばせた私に、夏帆は慌てて「何々、また。謝るのは私のほうだから」、小さく口角を上げる。 「こっちこそ、ごめんね」 「全然、全然!」 何度も首を横に振ると、夏帆は重い空気を吹き飛ばすように「はいはい、この話はもう終わり。もう、やめよう、冬璃のことなんて」、明るく言って――「そんなことより」、話しを切り替えた。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加