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「何やってんの?」
訝しげなグレーの瞳を向ける、夏帆。
ローズピンクのニットに白のサロペットとラフな感じだ。
とは言え、焦り過ぎて言葉が出てこない。代わりに、隣に立っていた2人が「【ここのセキュリティについてなんだけど】変えたほうがいい、変えたほうがいい、変えたほうがいい」、よほど気になるのか、夏帆に向かって話し出す。
「【どこの会社のものなの? あまり見たことのない型だけど】見たことない、ない、ない」
夏帆は5秒、彼らを見詰めたあと。
「オリジナルだから、見たことないのは当たり前。独自のプロセッサーで管理してるの」
素っ気なく言い放ち、私へと目を向けた。
「どうして一緒にいるの? そして何故、連れてきたの?」
「……誰か、分かる?」
「”あの兄弟”でしょ?」
「会ったことあるの?」
「ないけど、分かるでしょ」
少し呆れたような目を向けて「遠くから」、言葉を繋げる。
「冬璃と一緒にいるのを軽く見かけただけだから、顔はよく見えなかったけど。芽愛里の浮かない顔を見れば、ピンとくるよ」
名前が出てきて「【え、冬璃と?】冬璃、冬璃、冬璃!」、2人が口を開く。
「【冬璃とぼくたちを、どこで見かけたの?】冬璃と知り合い? 知り合い? 知り合い?」
「出来ることなら、赤の他人がいいけどね」
夏帆は瞼を重くして、明言を避けながらも「とりあえず、入って」、私たちを招き入れてくれた。とは言え、それ以上話したくないオーラを感じたから「ごめん、ありがとう」、それだけ言って、ルームへと足を踏み入れる。
不機嫌そうな夏帆を横目に「小向! 小向! 小向!」、來亜が叫び、リビングの長いソファーに座っていた小向へと駆けて行く。傍には真中もいた。
大丈夫かな。とりあえず2人は、小向の隣に座ったけど。真中が素早く立ち上がり……間に座った。來亜と理亜都は少し驚いた顔をしたけどそれ以上動くことはせず、左右に離れて座っている他の2人に――睦月と桜くんへと視線を向けた。
2人は離れた1人掛けのソファーに向かい合わせで座り、スマホに目を落としている。またゲームしてる? と言うか、松瀬くんは?
視線を大きく動かした私を見て、夏帆が察したように口を開く。
「松瀬遙斗はココにいないよ。部屋にいる」
「えっ、部屋にいるの?」
「そう」
大きく頷きながら私をアイランドキッチンへと促し「とりあえず顔は出したけど」、言葉を繋げる。
「”部屋に行く!”って、すぐ出て行ったよ。ほっとこうかとも思ったけど、やっぱり少し気になって行こうとしたら、芽愛里と会った」
じとっと横目で見られ再び、ごめんって顔を向けると、仕方ないなって感じで小さく口角を上げてから「部屋に行く前」、言葉を切り替える。
「桜果とごちゃごちゃ話してたみたいだけど……何かあった?」
「……あった」
「だよね」
夏帆は苦笑いながら大理石のワークトップに立つと、包丁を握る。まな板の上に乗っていたのは切りかけの、アボカド。
「もしかして、アボカドサラダ作ってくれてる?」
「好きでしょ?」
小さく口角を上げて、アボカドを切ろうとしたけど、ふと手を止め「ごめん」、私へと顔を向けた。
「冬璃が来て、車に乗せられたんだって? 松瀬遙斗から聞いた。本当、ごめん。大丈夫だった?」
唐突に謝られ「全然、ちょっと驚いたけど」、首を横に振りながら言葉を繋げる。
「なんと言うか、すごく複雑な人、だね」
「複雑どころじゃないから」
「最初は良い人なのかな、と思ったけど」
「良い人? 思ったんだ。一瞬でも、すごいね。”悪意の固まり”みたいな人なのに」
アボカドを切りながら、顔をしかめる。
前に話していたときと違って言葉も強いし、すごく冷たい。きっと今回のことで怒っているのかもしれない。
とは言え、私のせいでそうなるのは少し嫌だなと思いながら、とりあえず苦笑いを返して「と言うか」、気になっていることを繋げる。
「冬璃さんって、その……」
姉、なのか、兄、なのか。ハッキリ知りたい。でも上手く聞けず言葉を濁すと、夏帆は「もしかして」、小さく眉を顰めた。
「松瀬遙斗から、聞いた?」
逆に、松瀬くんに言ったの? と聞きたくなったけど、今はそんな雰囲気でもなく、黙って首を横に振る。すると今度は「まさか」、すごく焦ったような声で言葉を繋げた。
「冬璃が……言った?!」
なんだか強い眼差しに「……いや、あの……」、少し怯んでしまう。
「言ったというか……なんと、言うか」
適切な言葉が浮かばず、視線を落とすと「まさか、まさか!」、包丁を持ったまま私へと向き直る。
「何かされた?!」
「いやいや、されてない、されてない!」
全力で否定しているのに「本当に? ウソでしょ? 正直に言って!」、包丁を構えたまま、詰め寄ってくる。
「だって冬璃が”それを言う”のは、”したい”ときだけ! だからっ」
ものすごく強い目で見られ「ほ、本当だって! 何もしてない、されてないっ!」、早口で言葉を繋げる。
「体は……ちょっと、触られたけど。松瀬くんが来てくれたから、全然、本当に大丈夫!」
途端「触られたんだ」、今度は声を低くして――「殺す!」、包丁を持ったまま、歩いて行こうとするから「ほ、本当! 全然大丈夫だから!」、腕を掴んで止める。すると夏帆は大きく息を吐きだして「ごめん!」、頭を下げた。
「私が家に押しかけてまで強く言ったから、余計に気を引いたのかも。でも芽愛里とは絶対、関わって欲しくなくて」
「夏帆のせいじゃないよ」
頭を上げた夏帆に口角を上げると――何かを思いだしたかのようにムッと口をへし曲げて「芽愛里と関わらないことを約束に」、なんだか独り言のように呟く。
「色々、付き合ってあげたのに。全然、守らない。ホント、もう二度と、話しには乗らないから」
小さく「え、何?」、首を傾げたけど、夏帆はそれには答えず――気持ちを切り替えるように小さく息をついてから、真っ直ぐ、眼差しを向けた。
「もう二度と、芽愛里に近づかせない。こっちも強行手段にでるって決めたから。本当、嫌な思いさせてごめん」
なんだか物騒に聞こえて「全然」、慌てて言葉を繋げる。
「本当に、もう大丈夫だから」
「でも、不愉快だったでしょ?」
「まあ……愉快ではなかったけど。逆に、何て言うか……感心もしたよ。頭の良い人、なんだろうなって」
「褒めようとしなくていいから。あの人に、長所なんてないし」
夏帆は瞼を重くしながら、うんざりしたようにアボカドをガラスのボールに移していく。でも、なんとなく……無理してるようにも見えて「冬璃さんは」、聞いてしまう。
「昔からずっと、ああいう感じ、なの?」
夏帆は小さく息をついたあと。
「ああいう感じ、なんだろうね。小さい頃は、よく分かんなかったけど」
なんだか自嘲気味に笑ってから「勉強も教えてくれて」、ぽつりと言葉を繋げる。
「家にいない、忙しい両親の代わりに、授業参観にも来てくれたり、休みの日は、遊びに連れて行ってくれたりも……した」
「そう、なんだ。優しいね」
夏帆は「そういうの、いいから」、また自嘲気味に口角を上げたあと「まあでも」、少しだけ、声のトーンを明るくする。
「その頃は、先生も友達もキレイなお姉さんだって、羨ましいって言ってくれたから……少し自慢はした、かな。でも、ある時……気付いたの」
「”姉”には……ないって。その……お風呂で」
気まずそうに言った夏帆を見て、冬璃さんも同じようなことを言っていたな、と思う。やっぱり冬璃さんは”兄”なんだ。同時に、でも何故、姉と言い続けるんだろう、と思う。
確か冬璃さんの話しをしていたとき、病気がどうこうで子供が産めないとか、言ってた。まあ実際、男なんだから産めるわけないんだけど……やっぱり見た目が女だからだろうか?
夏帆の口ぶりからだと、冬璃さんは大々的に公言しているわけじゃ、なさそうだし……いやでも、リツさんとの不倫も気にしてたな。と言うか。
リツさん、冬璃さんが男だって知ってるのかな? 冬璃さんの話しをしてるときは、なんとなく女性だと思ってる口ぶりだったけど。
少し考え込んでいると、また察したように「姉に見えますけど、実は兄なんです、なんて」、言葉を繋げる。
「わざわざ言う必要、ないでしょ。本人も、とりあえずは女で通してるから。こっちも、それで話しを合わせてる」
「……だよね」
「でも、松瀬遙斗には電話で言ったよ。いきなり、聞かれたから。”芽愛里の病院に迎えにきた冬璃は男なのか!” って」
少し府に落ちない顔で言われ――松瀬くんは確認するために電話したんだ。でも細かく説明はしなかったんだろうな、と思い「私が、冬璃さんの車に乗ったのを」、事情を説明する。
「”セツゲツチュウ”で視てて、追いかけてきてくれてたの」
「ああ……そういうことね。冬璃が芽愛里のところに会いに行ったのは分かったけど、細かいことがイマイチ分かんなかったから。冬璃に聞いても、送っただけだって」
ふと視線を落として、新たなアボカドを手にする。でも、一呼吸おいて「問題はそこじゃないの」、呟いた。だから「問題?」、聞き返すと、アボカドに目を落としたまま「冬璃が姉じゃなくて兄だってこと」、少し強い口調で言葉を繋げた。
「それは、いいの、全然。ただ問題は、そのあと。女の利点と男の利点を、面白おかしく話し始めたかを思ったら、夏帆もどう? って誘ったんだよ? 小学2年の、私に」
なんとなく……それらしいことを私にも言ってたけど。まさか、小学生の夏帆にも?
「冗談とかじゃ、なくて……?」
「冗談じゃなくて、本気なんだよ。夏帆のためだって」
なんだか言葉が出てこなくて見詰めていると「それで、分かったの」、表情を硬くする。
「あの人は、ただ。理解してくれない親を、悩ませたいだけ。親と冬璃はいつだってケンカしてた、してる。お互いを、蹴落とそうとしてる」
「そんなこと」
「あるの」
夏帆は低い声で呟いたあと「両親は」、アボカドを切り始める。
「あの人を認めたくなくて、私を産んだの」
いつだったかも、そんなようなことを言ってたけど。あの時とは全然、言葉も口調も違う。強い眼差しと硬い表情に、思わず「そんなこと」、また言ったけど「だから」、冷たく、低い声が返ってきた。
「そんなこと、あるの」
そこでふと、手を止めて「冬璃も……分かってるから」、声を小さくしながら、バラバラに散らばるアボカドを見詰める。
「私を壊したかっただけ。優しくして、洗脳して、思い通りにしたかったんだよ。両親を困らせて、優位に立つために。ただ、それだけ。両親も……冬璃も。私をただの、道具にしかみてなかった、みてない」
低い、低い声に、そうだとも、違うとも、もはや言えず……夏帆に寄り添うことしか出来ない。途端、夏帆は自嘲気味に溜息をつくと「ごめん」、明るい声を作った。
「だから嫌なんだよ、話すの」
寄り添いながらも心配そうな目を向けると「もういいの」、笑顔を作ってみせた。
「私はあの人たちの思う通りにはならないって決めてるから。家を継ぐ気もないし、どっちにもつく気なんてない。もう勝手にやればって感じ。それは本当に、もういい。でも」
大きく息を吸って、真っ直ぐ、私へと目を向ける。
「芽愛里に不愉快な思いをさせたのは、絶対に許せない、許さないから」
なんとなく思い詰めたような顔に見えたから「私は本当に、大丈夫」、力強く言ったあと――「ただ少し、2人のことが心配かな」、來亜と理亜都のことを口にする。
「冬璃さんは、2人に良くしてくれてるみたいだけど」
そこで言葉を止め――『彼女は”私”を認めてくれた”唯一の人”だった』冬璃さんは2人の母親に対してそう言いながらも『一応、血と涙はあるから』『2人が、何か言った? 助けて! 虐待されてる! とか』挑発的な眼差しを、不快な態度を思い出し――「何て言うか」、不安な気持ちを繋げる。
「……純粋に、気に掛けてくれてるのかなと」
すると夏帆は少し考えるような顔をしたあと「家に行って話しをしたとき」、記憶を辿るように口を開いた。
「確かに”大切な人の子供”だってことは言ってたけど。父が死んだタイミングで、その話を母にしたことには悪意を感じる」
なんだか不安が広がるけど――「でも私は」、夏帆の眼差しは少し冷たい。
「関係ないから。あの人たちの争いに……もう、巻き込まれたくないの」
また硬くなった表情を見て「ごめん」、やっぱり軽率だった、猛烈に反省する。
夏帆には、夏帆にしか分からない事情、そして感情がある。
冬璃さんは”ややこし”くて親とも仲が悪く、そんな環境で育った夏帆はすごく傷ついている。それでも冬璃さんや親とは、話さないワケでもなく。私のために、会いにも行ってくれる。でも、上手くはいかなかったみたいだけど。
とにかく、冬璃さんと夏帆は難しい距離感で、距離感なのに。軽々しく來亜と理亜都を連れて来た私は、本当に。
「全然、夏帆のこと、何も考えて無くて。と言うか、自分のことばっかりで」
言葉を散らばせた私に、夏帆は慌てて「何々、また。謝るのは私のほうだから」、小さく口角を上げる。
「こっちこそ、ごめんね」
「全然、全然!」
何度も首を横に振ると、夏帆は重い空気を吹き飛ばすように「はいはい、この話はもう終わり。もう、やめよう、冬璃のことなんて」、明るく言って――「そんなことより」、話しを切り替えた。
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