FINAL ACT

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「松瀬遙斗は何を怒ってるの? 桜果が余計なこと言ったんじゃない?」 切れたアボカドをボールに入れながら聞かれ、まだまだ話し足りないと思いながらも、この場で解決する簡単な問題じゃないことも分かっているから――「”セツゲツチュウ”で」、夏帆に合わせて、話題を切り替える。 「どっちが私を”視る”かで、もめてる」 「それは興味深いね」 新たなアボカドをリズム良く切りながら、笑う。 「興味深くないよ。どうして私が視られなきゃならないの」 「それは心配してるからでしょ?」 「分かるけど」 「視られたくない?」 「夏帆は睦月に視られたい?」 「どうかなあ?」 茶化す夏帆に。 「絶対、嫌だよね?」 小さく笑って「正直なところ」、なんだか意地悪く口角を上げた。 「どっちに視られたいの?」 「視られたくない」 「分かるけど……あるでしょ、やっぱり。比重が」 「……それは……その……」 小さく視線を落とすと「ああ、そういうことね」、腕を肘で(つつ)かれる。 「だから松瀬遙斗の機嫌が悪いんだ」 何とも言えなくて夏帆の肩におでこを当てると「分かるよ」、ちょっと軽々しい声が飛んでくる。 「松瀬遙斗に視られてると思うと、色々困るよね。イケメン有川さんの、扱いとか」 うんざりしながらも「別に」、言葉を返す。 「桜くんが良いってワケじゃないの」 「それも分かるよ。まさに”究極の選択”だよね、これは」 「選択したくないよ」 「だったらそう言えば?」 「言ったけど聞いてくれない」 「2人とも、引いたら負けだと思ってる」 「負けとか、ないよ」 「2人にはあるんだって」 「どうしたらいい? 夏帆だったら、どうする?」 「両方にみてもらうかなあ」 「真面目に」 「話すしかないんじゃない?」 「だから、聞いてくれない」 「どっちも頑固だからね。特に……芽愛里のコトだと」 小さく息をついた私に「だからこそ、話すしかないでしょ」、トーンを上げて繋げる。 「それぞれに、根気よく。まとめてだと、どっちも引かないから」 「それぞれで、どう話すの?」 夏帆を見ると、少し考えるような顔をしてから「それはもちろん」、小さく口角を上げた。 「素直な気持ちを、伝えればいいんじゃない?」 「……素直な気持ち」 出来ることなら、どっちにも視られたくないんだけど。困ったようにまた夏帆の肩におでこを当てると「難しいよね」、頭をぽんぽん撫でてくれる。 そう。確かに難しいし全然、答えは出ないけど。 「聞いてくれて、ありがとう」 「上手く言えなくて、ごめん」 「全然、こんなこと夏帆にしか話せないよ」 「それは私も同じ。お互い、大変だよね」 顔を見合わせて、苦笑ったとき。 「芽愛里、来てたのか」 睦月が小走りに私たちの傍へと来た。ストレートデニムに、白シャツと丸首黒ニットを重ねている。元気そうな笑顔を見て「退院出来て良かったね」、声を掛けると「マジ、そう」、ちょっと顔をしかめてみせた。 「もう入院はしたくねえ」 うんざりしたように言ったあと、ボールの中に散らばっていたアボカドをぽいっと口に入れる。途端、夏帆が「まだ、食べないで」、睦月の手を叩く。面白くなさそうな顔を私に向けながら「尾守山(おもやま)(もり)に行ってたんだって?」、言葉を繋げた。 「人でいっぱいだったろ」 「そうだね」 「つーか、あの子供は迷子なのか? だから連れてきたのか?」 そんなワケないんだけど。 と言うか、誰も説明しないの? そして誰かも分からないのに一緒にいたの?  苦笑いしながら、睦月につられてリビングのほうへ視線を向ける。 皆、最初に見た定位置――小向と真中、そして來亜と理亜都は、長いソファーに、そして桜くんは1人掛けのソファーに座っているけれど――それぞれスマホに視線を落としている。 皆でいるのに、ゲーム? 動画? 眉を顰めると「あの子供、すごいな」、睦月が言葉を繋げた。 「なんなんだ、一体。操作がすげえ」 「もしかして、皆でゲームしてるの?」 「そう。鬼ごっこ、みたいなヤツ。子供が鬼みたいなヤツで、他は逃げてる」 そんなゲーム、あるんだ。そういうゲームをしないから、よく分からないけど。 「睦月はしなかったの?」 「してたけど、秒で捕まってやめた」 瞼を重くしてから「あの子供」、改めて聞いてくる。 「一体、誰なんだよ?」 そこへ夏帆が「知らないのに遊んでるの?」、私も聞きたかった言葉を投げ、睦月は小さく眉を顰めながらも「気がついたらそこにいて、ゲームやろうって誘われたんだよ」、言葉を繋げる。 「でも誰かが連れて来たんだろ? 誰なんだよ? まさか〈霊奏至〉なのか?」 トマトに手を伸ばしただけで答えない夏帆の様子を伺いながら「彼らは、その」、口を開く。 「前に言ってた、夏帆の……お姉さんの子供で」 「面倒みてるだけ」 トマトを刻みながら、鋭く突っ込んできた。子供と言われたくないみたい。でも睦月は「ああ、養子か」、更なる禁句ワードを放ったあと――「つーかよ」、言葉を繋げる。 「どうして姉貴がいたこと、ずっと黙ってたんだよ」 禁句ワードの効力も加わって「関係ない」、低い声が飛んでくる。でも睦月は「何だよ、それ」、気になるのか、食い下がってきた。 「関係あるだろ。つーか、子供が来てて、どうして姉貴が来ないんだ?」 「私は呼んでない。芽愛里が連れてきたの」 私へと飛んだ視線に、睦月も「芽愛里?」、ついてくる。 「なんで芽愛里が呼んだ? そう言えば、病院で話してる時も、アイツらのこと知ってる口ぶりだったな。どうしてだ? どこでいつ、知り合った?」 「……話せば、長くなるんだけど」 「話せよ。姉貴のことも、ひっくるめて」 今度は私が、話していいの? 夏帆へと視線を飛ばす。やっぱり、睦月の視線もついてくる。途端、夏帆はうんざり顔をしかめて一息ついたあと「今は話さなくていいよ」、睦月へと目を向けた。 「皆にハンバーグ食べさせるんでしょ?」 夏帆の声に――『罰として、全員にオレが作ったハンバーグを食わせる』――〈幻智(げんち)〉で言っていた睦月の言葉を思い出す。と言うか。 「本当にハンバーグ、作ったの?」 睦月は少し不満そうな顔をしながらも、(かたく)なな雰囲気を感じ取ったのか「そう」、私へと視線をスライドさせた。 「芽愛里が来るって聞いて、軽く作ってみようかと思ってな。遙斗も帰ってきたし」 嬉しそうに口角を上げて「まずは2人に振る舞おうかと」、意地の悪い目を向けた。苦笑いする私に「それでとりあえず、遙斗のバイトが終わりそうな時間に電話してみたら」、言葉を繋げる。 「桜果に、小向と真中もいるって言うからよ。連れて来いって言ったんだ」 得意げに言った睦月に「全員分、作ったの?」、この短時間に? 小さく瞬きをしてみせると「出来る、出来る」、軽々しく言った。 「ちゃちゃっと、ささっと」 妙な擬音にかなりの不安を抱えながら夏帆に目を向けると、げーっと舌を出してみせた。また苦笑うと、夏帆は少し離れたところに置いてある皿を指さして「あの2人は」、言葉を繋げる。 「コロッケにしようかと」 さすがに食べさせられないみたい。と言うか。 「もちろん、夏帆が作ったんだよね?」 「なんだよ、その言い方。美味いかもしれねえだろ?」 すかさずツッコミを入れた睦月に、夏帆はうんざり顔をしかめたあと「皆来たんだからハンバーグ、オーブンに入れてよ」、指図する。 でも「使い方知らねえ」、逃げようとするから「やるって言ったことは、最後までやる!」、びしっと言い放った夏帆に腕を引っ張られ、オーブンの方へと歩いて行った。 夏帆の様子から察すると覚悟しなきゃだな。全部、食べられるかなあ……。更なる不安を抱えていると「花江さん」、桜くんの声に視線を移す。
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