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「鬼ごっこ、終わったの?」
「あの子の圧勝だよ。チート的なこともするしさ、面白くないね」
瞼を重くしながらリビングの方へと向いた指を追うと、長いソファーに來亜と理亜都、小向はスマホに目を落としているけど……真中は面倒臭そうな感じで、ぐてーっとソファーに寄りかかっている。
「小向が意地になってるんだ」
桜くんは困った顔をしたあと「すごく”ああいう系”に強そうだね」、視線を戻した私と目を合わせる。
「夏帆の親戚だって言ってたよね? つまりあの子がぼくたちの危機を救った”夏帆のお姉さん”の”子供”だ。そして彼らは”あうら”が”1つで2人”――気になるワードが満載だね」
意味深にピースをしてみせたあと「偶然じゃないよ」、低い声で呟いた。
「ぼくたちは、まだ”歯車”の中にいる……父の、ね」
ものすごく不安になるから。
「……まだ、何かあるの?」
聞いたのに「どうだろうね」、軽い声で繋げる。
「その”歯車”を”回すかどうか”は……父次第、なんじゃない?」
ふと、小さく上がった黒目を見て、大きく息を吸う。でも。
「遙斗が、怒ってる」
言葉とは裏腹に声のトーンを明るくして、言葉を切り替えた。
「本当、何を言っても譲らないけど。ぼくも、諦めないよ」
松瀬くんのことは、もちろん気になる。でも桜くんの言葉も、気になる。浮かない顔を向けると「ほらほら、不安になってきたよね?」、軽々しく言った。
「だから、ぼくに任せて。遙斗じゃ、色々”不都合”だよね? ぼくならずっと、見守るよ。危険な目には、絶対合わせない。どんなときも、花江さんを守ってみせる」
まさに王子のような発言だけど。比喩じゃなく、本当に四六時中、見守るんだろうな……。
なんだか複雑な気持ちで見ていると「遙斗を好きなのは、分かってる」、優しく私の両手を握った。
「だから、それ以上は踏み込まない……ように、努力してる。だから、このくらいはさせて欲しいんだ。と言うより、したい」
真っ直ぐな眼差しに、胸が痛くなる、ぎゅっとする。どうしたらいいんだろう。もはや何を悩んで、考えればいいのかも分からなくなる。
だって。
どちらかを選べとか。
そんなの。
「また倒錯してんのか」
睦月の声がしたかと思うと、横から桜くんの首に腕を回し引き寄せる。必然的に私から手が離れ、桜くんは不機嫌そうに睦月へと視線を向けた。
「何、邪魔しないでくれる?」
「芽愛里が困った顔してんだろ?」
「睦月には関係ない」
「遙斗も怒らせてるだろうが。一体、何でもめてる?」
「だから、睦月には関係ない」
ムッと口をへし曲げたとき「ほら、運んでって言ってるじゃん」、ダイニングのテーブルにローストビーフを置いていた夏帆が、鋭い声を飛ばしてきた。
「今日は人数が多いんだから」
不機嫌そうな夏帆に睦月は少し眉を下げると「桜果も手伝え」、首に回した腕を引きながら「なんで、ぼくが」、嫌がる桜くんを連れて歩いて行く。
私も手伝ったほうがいいかな、一緒に行こうとしたんだけど。
「【ねえ、助けてよ】」
理亜都の声がして視線を向けると、長い前髪の隙間から悲しそうな眼差しで、こちらを見詰めていた。
「【來亜が、やめないんだ。ぼくは、もうゲームなんてしたくないのに】」
でもすぐ「やる、やる、やる。小向、小向、小向」、行こうとするけど「【いかないよ!】」、立ち止まって何度も首を横に振る。
「【もういいって!】小向、すごい、すごい、すごい! 色んなこと知ってる、知ってる、知ってる!【2人ともチートなことばっかりだよ! ムキになってるだけだ】」
渦中の小向を見ると、ソファーの淵に顔を乗せて、つまらなさそうに、こちらを見ていた。まだまだゲーム、したいみたい。隣にいる真中は”もういい”という表情で首を横に振っている。
小向もネット関係に強いんだろうな、とは思ったけど。來亜を感心させるくらいスゴいんだ。まあ、小向も私のスマホに色々してるからなあ……小さく息をつきながらも「小向といたい、いたい、いたい【ぼくは、いたくない】理亜都は花江芽愛里といたい、いたい、いたい【そ、そ、それは言わなくていいよ】」、まだもめてるから「お腹空かない?」、唐突な言葉で、気持ちを逸らしてみる。
「コロッケは? 夏帆が作ってる」
「コロッケ、コロッケ、コロッケ! 食べたい、食べたい、食べたい!【食べるよ!】」
嬉しそうに言ったかと思うと「小向と食べたい、食べたい、食べたい!」、來亜は私の腕を掴んで「【行きたくないのに!】」、ソファーのほうへと走って行く。その勢いによろけながらも辿りつくと、すぐに來亜が「小向、小向、小向!」、口を開いた。
「一緒に食べよう、食べよう、食べよう!」
嬉しそうに言いながらも「【手、手、掴んでる!】」顔を真っ赤にしながら私の腕を離し、でもまた「小向、小向、小向!」、掴む來亜を見て小向は、ぽかんと口を開け、真中はうんざり「全く、なんなんだ一体」、顔をしかめる。
「どっちが、どっちだ」
「ぼくが來亜、來亜、來亜!」
両手を上げて元気に答えたかと思えば「【自己紹介なんてしないよ】」、ぷいっと横を向く。眉を顰めた真中をよそに小向は「……もう一回……」、なんだか嬉しそうに口角を上げた。途端、また來亜が手を上げる。
「ぼくが來亜、來亜、來亜!」
でも理亜都は……何も言わない。
すると小向はムッと口をへし曲げて「……言って……」、2人の手を掴んだ。途端、顔を赤くして「【や、や、やめて】やめないで、やめないで、やめないで」、手を引っ込めたり、出したり、騒がしくなる。
うんざりした真中が「もう止めろ」、小向の手を掴んで、2人から引き離したとき――「もう用意できるから、こっちに来いよ」、睦月の声が飛んできた。
小向の視線がダイニングの方へと向けられる。テーブルにグラスを置いている桜くんを見て「……桜果……」、立ち上がり走って行く。途端「ぼくも行く、行く、行く!」、力強く言ったのと同時に「【ちょ、待って。ぼくは行きたくない】」、聞こえたけど――「小向、小向、小向!」、走って行ってしまう。
2人の意見が食い違うと、少し大変そう。でも最終的な決定権は、來亜にある? 背中を見詰めていると私の隣に、真中が立った。
「面倒なヤツだな」
「そういう言い方しないで」
「どうにか出来んのか」
「それは來亜のこと言ってるの?」
「あんな子供に付きまとわれても困る」
大きく眉を顰めるから「じゃあ」、少し面倒臭いなと思いながら聞く。
「どんな相手だったらいいの?」
「どんなも、こんなもない」
「どんな相手でも嫌なんじゃない?」
横目で見ただけ真中に「心配なのは分かるけど」、少し声のトーンを落とす。
「誰とどんな関係を築くかは、本人に任せればいいんじゃないの? それこそ、子供じゃないんだから」
横目で、瞬きを2回したあと「お前は」、静かに言葉を繋げた。
「桜果と遙斗、どっちを好きなんだ」
唐突な言葉に「はい?」、妙な声が出る。
「何、どっちを好きって? だから私は、松瀬くんと付き合って」
「付き合って? 好きじゃなく?」
揚げ足を取るような指摘に、少しムッとしながらも「もちろん好きだよ」、言葉を返す。
「好きじゃなきゃ、付き合わない」
真中は少し考えるように一呼吸おいて「小向が好きなのは、桜果だ」、声を低くした。
「でもお前は、桜果をキープしている。ほっとけと言ってはいるが、小向の恋愛を邪魔しているはお前じゃないのか」
胸がぎゅっとした。でも頭で考えるより「何、キープって」、言葉が口をつく。
「そんなこと、してない」
見上げていた目を強くした私に、真中は更に強く「キープだろ」、言葉を押しつけてきた。
「気を引いている」
「引いてない」
低い声で押し返すと「引いている」、また平然と言葉を落としたあと――「そして」、私の左腕を掴んで引き寄せる。
「俺の気も、引いてるだろ?」
広い胸に寄りかかりそうになったのを、咄嗟に右の掌を当てて「ひ、引いてない!」、押し返す。でも。
「全く。自覚がないのか、あるのか。どちらにしても、遙斗は大変だな」
なんだか意地悪く口角を上げながら顔を覗き込んだあと、ぱっと手を離し、ダイニングの方へと歩いて行く。
一方的に批判され、すごくもやもやしながらも真中の背中を追いかけ、とりあえず横に並んだ私に「図星だろ?」、ニヤついた目を落とす。だから。
「真中の心配なんて、もうしない。絶対、絶対、しない! ずーっとスーツ着て、ずーっと仕事してればいい」
「子供か?」
小さく笑った真中にうんざりして黙り込むと「批判はしてない」、静かに声を落とす。
「感じたことを言っただけだ。むしろ俺も、そっちよりの考えだからな」
「……何、そっちよりって」
「1人と、どうこう考えてないってことだ」
「私は松瀬くんがいいの」
「色恋沙汰は往々にして、隔たりがあるからな」
「何それ」
眉を顰めると「現実逃避したくなったら、電話しろ」、私の腰に手を回しながら足を止め、耳元で囁く。
「休みの日を、教えてやる」
突然のことに耳が熱くなって、真中が小さく笑う。なんだか戸惑っていると「これ、持ってくれるかな」、桜くんの低い声と共に――真中に、大盛りの肉じゃがが乗った皿が差し出された。
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