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「こんな狭いところで、何やってんだ?」
スライドしたドアから睦月が、訝しげにこちらを見ていた。
「さっさと呼んで来いって言ったろ? ハンバーグが冷める」
不機嫌そうに桜くんへと言葉を投げながらも、私へと視線をスライドさせた。察した私は小さく口角を上げながら頷くと、睦月もほっとしたような笑顔を見せて――「ほら、みんな待ってんだよ」、後ろから羊を追う犬みたいに誘導し始める。
”牧羊犬、睦月”に促されルームに戻ると、みんな席に座ったまま待っていた。
「ごめん。斉藤睦月が、せっかちでさ」
申し訳なさそうな顔で夏帆が声をかけてきたから「全然、もう大丈夫だよ」、隣の――端っこの席に座る。
「本当に? 良かった! またあとで詳細、聞かせて」
嬉しそうな夏帆から――私の正面に座る、來亜と理亜都に目を向ける。なんだかきらきらした目で、料理を見詰めていた。早く食べたそう。彼らの左隣には、桜くんが横に座って嬉しそうな小向。そして”なんでそっちに座るの?”って顔を向けた桜くんの隣には、松瀬くんが腰掛ける。
「よし、皆そろったな」
松瀬くんの前に座った睦月が、声を掛ける。その左隣で、もはやビールを飲んでいる真中は、面倒くさそうな顔。夏帆は少し顔をしかめながら横目で真中を見たあと「もう2本、飲んでる」、私に小さな声で言う。
仕事は、もういいの? ちょっと思いながらも「集まってもらって悪かったな」、睦月の声を聞く。
「色々、あったが。今日はまあ、みんな元気にもなったし。食ってくれ」
すごくザックリ言ったあと「先にハンバーグ、食べろ。全部食べきってから、他を食え」、それぞれに箸を伸ばそうとした皆に強制的な言葉を放ち、困惑させた。そこへ真中が。
「ハンバーグは嫌いだ」
全否定してビールをあおる。すると隣の睦月が鋭い三白眼を向けたかと思うと「食うまでアルコールは禁止だ」、ビールが入ったグラスを取り上げた。
斜め向かいの小向が何だか悲しげに真中を見たあと、ハンバーグを箸で小さく割って口に入れた。途端、大きく顔をしかめながら手を口に当て、悶絶する。
そ、そんなにマズいの? ヒドいの? 隣でそれを見た桜くんは、うんざり瞼を重くして「やたら強制すると思ったら、睦月が作ったの?」、フォークでハンバーグを乱暴に突いた。
「そう、俺からのちょっとしたサプライズだ。食えよ」
威圧的な声を聞きながら、松瀬くんは悶絶する小向から、ハンバーグに視線を落とす。まるで異星物でも見る様な、目。
もしかして、好奇心が湧いてる? ちょっと心配している私に夏帆は「食べたらまた記憶、飛んじゃうよ」、軽口を耳打ちしながら、悶絶している小向に水の入ったペットボトルを差し出す。小向は受け取ってすぐ、がぶ飲み。
「あんなに苦しそうな小向を見て、食えと言うほうがオカシイだろ」
真中はグラスを取り返しながら不機嫌そうに言い放つ。すると睦月は「感謝してるって言ってんだ」、また偉そうに言うと立ち上がり、大きく真中を見下ろした。
「だから食えよ」
荒唐無稽な言葉を尊大に投下され、真中も「なんなんだ、その言い方は」、立ち上がる。
「感謝してるようには聞こえんが。嫌がらせだろ、これ」
「嫌がらせって言うそっちが、嫌がらせだろうが」
「だったら、お前が食え」
「もてなしてんのはこっちだろ? そっちが食え」
「もてなすとはなんだ。こんなもの出しておいて、よく言える」
ガタイのいい男が2人、くだらないことを言い合いながら近い距離で睨み合ってるのを正面に――桜くんは頬杖をつきながら、とても楽しそうに見てる。
その隣で松瀬くんはなんだか難しそうな顔をしながらも、箸でハンバーグを突き始めた。ダメダメ、食べないで! ハラハラしたとき。
「【おかわり!】」
ノーマークだった正面に目を向けると來亜と理亜都が嬉しそうに言いながら、空っぽになったお皿を差し出した。
「美味しい、美味しい、美味しい【まだあるんなら、欲しいよ!】」
ぽかんと見詰めた私たちに「【久しぶりに、こんなにふかふかしたハンバーグ食べたよ!】ふかふか、柔らかい、柔らかい、柔らかい!」、元気な声で言う。
確か2人にはコロッケを用意したはずだけど……思いながら視線を揺らすと、小向の前にあったハンバーグが無くなっていた。
「【やっぱり手作りが一番だね!】全然、違う、違う、違う!」
嬉しそうに言う來亜と理亜都に「2人は、いつも」、少し気になっていたことを聞く。
「ご飯は、どうしてるの?」
「【シリアルだよ!】ドライフルーツ入り、ドライフルーツ入り、ドライフルーツ入り!」
「シリアルだけ?」
「【そう! お母さんが、シリアルは体に良いからって】言ってた、言ってた、言ってた!」
「……だから、シリアルだけ食べてたの?」
小さく眉を顰めた私を見て、來亜と理亜都は一度視線を落としたあと「【他に、何が良いのか】」、上げる。
「【……聞けなかったから】何を食べたらいいか、分からない、分からない、分からない」
口角を上げてみせた2人を見て――松瀬くんと桜くん、そして睦月は少し気づかうような視線を向けた。夏帆のお姉さんの養子だと知っていたので、両親はいないだろうと言うことは薄々気付いていたから。
でも真中と小向は夏帆の親戚としか聞いていなかったから、まさかそんな事情を抱えているとは予想してなかったみたいで、気まずそうに目を合わせる。
そんな中、夏帆はじっと2人を見詰めながら話を聞いていた。
少し重くなった空気を感じたのか、來亜と理亜都は声のトーンを上げると「【施設にいたときは】」、明るい声で言葉を繋げた。
「【ご飯を作ってくれる人がいて、それを食べていたけど。施設自体も楽しくなかったし、義務で食べてただけだった。でも今は皆がいて、食べきれないほどの料理が目の前に並んでる。まるで夢のようだよ!】花江芽愛里がいるから、いるから、いるから!」
最後に叫んだ來亜に「【余計なことは言わなくていいんだ。そっちこそ、小向がいて嬉しいくせに】」、瞼を重くしたあと「嬉しい、嬉しい、嬉しい!」、小向に向かって元気に叫ぶ。
小向は水を飲んでだいぶん落ち着いたのか、とりあえず來亜と理亜都に目を向けたあと、耳をもふもふした。……絶対、あやかしだと思ってるよね?
嬉しそうに頭を下げてる來亜に、それでいいの? 眉を顰めていると、隣の夏帆が突然「もう食べなくていいから!」、立ち上がる。
「そんなマズいもの!」
「マズいってなんだよ」
睦月のヤジをスルーして――新しい皿に、いくつかの料理を乗せると「これ、食べて」、來亜と理亜都に差し出す。
「シリアルもいいけど、ソレばっかりはだめ。ご飯はバランス良く食べなきゃ」
少し怒ったように言った夏帆を3秒、見詰めて「【バランスよく、だね。分かった!】」、理亜都は元気に言うと皿を受け取り、エビとブロッコリーの卵サラダを口に放り込む。
「【すっごく美味しい! こんなに美味しいサラダ、初めてだよ!】美味しい、美味しい、美味しい!」
そう言いながら、ガツガツ食べる2人を見て夏帆は「でしょ? これも食べて」、嬉しそうに言うと、新たな皿に料理を乗せ始める。
2人のことをどう思っているのか聞けなかったから……心配、だったけど。來亜と理亜都の話しを聞いて、何か感じるモノがあったみたい。
とりあえず、ほっとした横目で――ハンバーグを貶されたせいなのか睦月が、面白くなさそうな顔をしていた。そこへ桜くんが追い打ちを掛けるように「負けだね」、頬杖をつきながらフォークを向けた。
「睦月の、負け」
「何の負けだ。そもそも勝負なんかしねてえよ」
「負けは、負けなんだ。だからハンバーグは食べない」
フォークを軽く振ったあと、豆腐サラダに手を伸ばし、ぱくっと口に入れる。途端、睦月は「ハンバーグ食え!」、叫んだけど、隣の真中はビールを飲み、小向は近くにあった唐揚げを食べて、嬉しそうに口角を上げた。
不機嫌そうな睦月を見て気をつかったのか、それとも好奇心に負けたのか。松瀬くんは小さくハンバーグを切って口に入れたけど……大きく顔をしかめ「何故、ミントとシナモンとカレーの味がする?」、聞く。
それは確かに……オカシイ。と言うか、食べきった來亜と理亜都、すごいな。
でも睦月はもはや答えず、立ち上がって冷蔵庫のほうへと歩いて行った。心配になった私は「睦月」、あとを追いかけたけど――睦月は振り返らず、早足で冷蔵庫に辿り着くと、500ミリリットルのビールを開け勢いよくあおった。
「一気に飲んじゃダメだよ」
慌てて止めると睦月は面白くなさそうな顔をしたけど、すぐ「良かった、皆」、呟く。
「元気になって。元気な顔見て……マジ、ほっとした」
え、そっち? 少し驚きながらも、なんだか泣くのを我慢したように見えて「そうだね。皆、元気になって良かった」、明るく言ったあと、意地悪く口角を上げてみせた。
「ハンバーグ作戦は失敗したけど」
「だな」
少し照れたように小さく笑って、私の頭をぽんぽんしたあと、ビールを飲む。
確かに幻智では、腹を立てていたみたいだけど。今は、皆を集めて元気な姿を見たかっただけなのかもしれない。でも、あまりにも食べてくれなくて少し、怒ってたけど。ミントとシナモンとカレー味のハンバーグは……食べられない。
「芽愛里も飲むか?」
私の好きなビールを出してくれたから「ありがとう」、受け取ると「あの子供」、來亜と理亜都のことを聞いてきた。
「施設にいたのか? 両親はどうした?」
「お父さんは知らないって……お母さんは小さい頃に病気で亡くなったって言ってた」
「それで施設にいたのか。そんな子を、夏帆の姉貴は引き取ったのか。偉いな」
「……そうだね」
頷きながらも、視線が落ちてしまう。でも言葉を繋げられない。冬璃さん言葉は、真意は、まだまだ分からないし、つかみきれない。
「つーか、どんな人なんだ。芽愛里は夏帆の姉貴と会ったこと、あるんだろ? 教えてくれよ」
更に聞かれて、困る。一言では言えないし、夏帆のことも気に掛かる。すると顔色を読んだ睦月が「やっぱ、ちょっと問題あるのか?」、少し心配そうに言葉を繋げた。
「夏帆は聞いても全然、教えてくれない。もし芽愛里が何か知ってるのなら、話してくれねえか?」
私から言ってもいいものか。やっぱり困っていると。
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