ACT 3

1/36
114人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ

ACT 3

ネコのときもそうだったけど。”動物は飼いません”と言う割には、構いたがる。 お母さんは夜遅くまで、ドッグフードを食べない柴犬――シューに、つきっきりになった。ネットで色々調べながら食べられそうな野菜や果物をあげて、とりあえずは休んだ、みたいだけど。 その間に帰ってきたお父さんには目もくれず。仕方が無いので私がハンバーグを温めて、食器も片付けた。 確かにシューは、私が見る限り、何も食べてなさそうだったし。ドッグフードを食べないのなら、別のモノをあげたほうがいいと思ったから、任せたけれど。 朝起きると、ご飯とお弁当の傍らに”シューと散歩に行ってきます”という手紙が置いてあった。なんだか不満そうな顔をするお父さんと2人で朝食を食べ、家を出た、けど。 とりあえず、シューが追いかけて来なくなったのは助かった。 でも、マズい。ネコのときよりマズい。家庭の危機を感じる。今はちいさな(ひず)みだけど。絶対、どんどん悪化する。やっぱりシューの飼い主を探さないと。首輪をしてるんだから、ネコのときみたいに――動物好きの従兄弟に、引き取ってもらうわけにはいかない。 でもどうやって探そう。ネットで探してみようか? それなら理亜都(りあと)來亜(らいあ)に頼んでみてもいいかも。色々、詳しそうだし。休憩のときにでもメールしてみようか。 考えながらME室に向かい――業務連絡を伝えた榊さんに「おはよう」、声をかけられ「おはようございます」、挨拶を返す。 「ジャスミン、大丈夫だった?」 様子を伺うように見詰められ――もしかして小向(こなた)の調子が悪いこと、気付いてた? 思う。榊さんには直接、具合が悪かったことは言わなかったけど。なんとなく、分かってたみたい。そう言えば榊さんは、看護士の免許も持っていた。でも、あれだけ眠り続けてたら、流石に”オカシイな”とは思うかもしれない。 私は小さく口角を上げながら「大丈夫です」、答える。 「昨日は待たせて、すみませんでした」 再び謝罪をすると、待ってたかのように「じゃあ、今度はぜひ」、言葉を繋げる。 「アナでお願い出来ないかな」 「……”アナと雪の女王”ですか?」 「そうそう、娘が好きでさ。また一緒に写真撮って、自慢したいんだよ」 ジャスミンで、そんなに自慢できたの? そしてまだ、自慢したいの? 若干困惑しながらも……確かに小向のコスプレ力は高いし、頼めば喜んでやってくれる、とは思う。 「いいですよ。伝えておきます」 「やったね、ありがとう。これでまた自慢出来る」 なんだか子供みたいに言ったあと、ちょっと顔を引き締めて「午前は、透析。午後からはME室で機器の点検、お願いね」、今日の仕事を言い渡した。いやでも、またすぐ口角上がってるけど。 榊さんの鼻歌を小耳に、血液浄化室へと向かう。 歩きながら、小向大丈夫かな、考える。昨日は、かなり辛そうだった。なのにこんなところまで来て、真中に久須義さんの……”何か”を伝えようとしていた。 きちんと伝わったのか、どう思ったのか。真中は教えてはくれなかったけど。 小向はすごく心配そうで、真中に伝えたくてたまらない様子だった。 久須義さんと、依流智(いるち)と……御神木(ごしんぼく)のことも、言っていた。でも私には、さっぱり分からない。そもそも久須義さんのことだって、よく知らないから、話してみたかったのも、あったんだけど。 結局、あまり話せなかった。と言うか、そもそも受け入れられていない時点で、色々難しい……けど。 例えば、もし。小向が心配するようなコトがあるにしても、何かワケがあるのか、どうなのか。それとも小向が、心配しすぎているだけなのか、どうなのか。何となくでも、分かればと思ったんだけど。やっぱ、難しかった。 小さく息をついたとき、少し先の廊下に――汚れ物を回収するための台車を押して、エレベーターに入っていく(あん)ちゃんを見かける。同時に、しくしく泣く姿が頭を()ぎり、なんだか胸が痛くなる。 体、大丈夫なんだろうか? それとも、もう。 今度は重くなった胃を抱え、血液浄化室へと足を速める。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!