生い立ち

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大学4年の秋に祖父は亡くなった。 祖父は自分の死期をなんとなく悟っていたのかもしれない。 工場を閉めた後身の回りを整理していたらしく、遺品の整理も諸々の手続きも然程でもなく終わってしまった。 仏壇を掃除していると、引き出しから俺宛の封筒が見つかった。 中には、ビルの権利書と、印鑑と通帳。 祖父は相続で揉めないようにと、父へと遺す予定だったものを、先に俺の名義に変更して残してくれていたのだった。 北品川の駅から徒歩7分程の8階建の商業ビル。 1階には、カフェレストラン。2階から7階までは、歯医者などのクリニックやネイルサロンなどが入っている。 バブルが弾けた時に、資金繰りに困った友人から頼まれ、安値で買い取ったのだそうだ。 その最上階は、俺の為にと空けてあった。 事業を興した時に事務所にしてもいいし、住まいにしてもいいと考えてくれていたらしい。 今はそこをリノベーションして住居にしている。 樹は、何度かここに来ているが、このビル全部が俺のものだとは知らない。 家族の事にも触れた事はない。 考えても考えても答えの出ないループにはまり込んでしまったようだった。 全てを忘れてリセットしたかった。 異動の話を正式に受けようと心に決めた。
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