散った恋

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樹は、少し赤い顔で俺の隣に空いた席を見つけ、「ココ、良い?」と返事も待たずに座ってきた。 ダークグレーのスーツにつつまれた肩幅は広くがっしりとした体躯。 身体は、175センチの俺より少し高い位か。 凛々しい眉、髪はオールバックに撫で付けてあり、仄かに甘いトワレの香りがする。 一見強面だが、笑うとくしゃりとなる笑顔。 女にモテそうだ。 彼は、その日、大きな契約が取れ、接待で呑んだらしく上機嫌だった。 相当嬉しかったらしく、見ず知らずのたまたま隣の席に座ってるだけの俺に自分の経歴を楽しげに語り出した。 元々は工業用機械や工場プラントの設計をしていた事。 営業マンの知識の無さで、設計上不可能な事を安請合いしてくる事に腹をたて、自ら営業に付いて行くようになった事。 その影響で、営業のスキルが身に付き、今は独立してフリーでやっている事。 今日は、一年以上前から育てて来たアイディアが実って契約まで漕ぎ着けた事。 いい年の大人が少年の様に瞳をキラキラさせて仕事の熱をぶつけて来た。 降車際に、「話を聞いてくれてありがとう。 君、聞き上手だね。また何処かで会ったら声掛けてよ」と名刺を一枚置いて、颯爽と降りて行く。 ホームに降りると、こちらを振り返り一瞬目が合う。 ニコリと笑顔を見せ、右手を小さく挙げて歩き去る後ろ姿を見送った。
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