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うたた寝
日曜日の昼下がり。
昼ごはんにうどんを茹でて、たらふく食べた。満腹で眠くなってきた。
「眠いなー」
暖かい日差しがカーテンの隙間から注ぎ込む。私は窓に足を向けて、畳に大の字になった。今日は風も穏やかで、窓を開けているとそよそよと足の裏をくすぐるように入ってくる。
年度始めの四月は仕事も忙しく、毎日残業続きだった。疲れも溜まっていた。
天気も良いから出かけたい気もする、けれど。
(今日は絶好の、贅沢な、昼寝日和だなぁ)
私は幸せな気持ちで目を閉じた。
きしり。
物音がする。
家鳴りだろうか。
母がもうそろそろリフォームが必要かもしれないと漏らしていた。風呂場は小さな穴が空いているし、台所では雨漏りがする。築30年は経っているのだ。仕方がない。
気にせず、まどろみに身を任せようとした。しかし、また、きし、と音がする。どうやら家の中ではなく、窓の外からするようだ。誰か庭にいるのだろうか。
面倒に思いながら、私は起き上がった。外から音がするなら、窓を閉めれば良い。そう思った。
カーテンを開け窓の取っ手を掴む。窓の外を見ると、黒づくめのフードを被った男が立っていた。顔は見えない。
「え?」
男は中に入ろうとしていたようだ。
そう思い立ち、急いで窓を閉め、鍵を閉めた。男はしばらく窓の外にいたが、ガラスを割ってまで入る気はないらしい。黙って去って行った。ほっとしたのも、束の間。男の去って行った方向には、玄関がある。玄関の鍵は閉めただろうか?
「あっ」
小さな悲鳴にも似た声を上げて、私は玄関へ急ぐ。鍵を見ると、開いている。急いで閉めようとしたが、
ガチャリ!
相手の方が早かった。
まずい。家の中に入ってこられたら、まずい。直感的に、あの男が生身の人間ではなく、入られた時点でお終いだと直感的に思った。
がたん!
ドアは開いたが、途中で止まった。それ以上は開かない。見れば、チェーンがかかっている。最近は勧誘対策に、常にチェーンをかけるようにしていたことを忘れていた。
男は小さく舌打ちをして、ドアを閉めると去って行った。気配が小さくなっていく。
(よ、良かったぁ)
安心した私は、玄関先で座り込んだ。疲れが出たのか、そのまま意識が遠のく。
気がつくと畳で寝転んでいた。どうやら怖い夢を見たらしい。そろそろと、何かが足の裏に掠る。起き上がると、窓が開いておりカーテンが揺れているのが見える。
途端に夢の内容を思い出し、急いで窓を閉めた。窓の外を見るが、誰もいない。当然だ、ただの夢だ。
(夢の中とは言え、入ってこられたらヤバイ感じがしたなぁ)
ぽりぽりと頭をかきながら、喉が渇いたので、台所へ向かうために廊下に出た時だった。
ガタン!
廊下の先を見ると、玄関が開いている。ドアの曇りガラスに人影がうつっている。
誰かが、外に、いる。
「きゃぁぁっ」
「な、なに!?」
思わず叫び声を上げると、聞き慣れた声が返って来た。
「お母さん?」
「もう、びっくりさせないでよ」
玄関のドアの曇りガラス越だが、確かに母だった。ほ、と胸をなで下ろす。
「千鶴子、チェーンを外してちょうだい」
「もうー、インターホン押すことになってるでしょ? カメラ付きにしたんだから」
自分で決めた約束事を守らない母に呆れながら、チェーンを外してやった。すると、勢いよくドアが開かれる。危うく、当たりそうになった。
「ちょっと、お母さん危ないじゃな」
そこまで言って、後ずさった。
目の前には、黒づくめで、フードを被った男が立っていた。
「夢で、見たからね」
酷く冷えた、低い声でそう言うと、男は静かにそのフードを取った。
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