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1. CAPELLI D' ARGENTO
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ダンテ・ヴィラーニは、海側の窓から運河を見下ろした。
屋敷のすぐ目の前を流れる運河は、三世紀ほど前には貿易の荷を積んだ船がひっきりなしに出入りしていたと聞く。
海洋貿易で栄えたこの国は、貴族すらも商売に精を出し、船から直接荷物を出し入れ出来るよう、海から続く運河沿いに屋敷を建てていた。
運河側と陸側、ふたつの出入り口があるのが、この辺りの一般的な屋敷の構造であった。
一階は商品倉庫として使われ、昔は荷物で一杯だったと聞く。
だが、今ではこの国は衰退していた。
商人貴族たちは徐々に内陸に移り、代々貯めた財産で悠々自適に暮らす方を選ぶようになった。
船を通すために設置されていた跳ね橋が、動くことのない固定橋になった時点で、この国の海洋貿易は終わった。
ダンテ自身も、この屋敷を開け、内陸の別邸に移る。
この屋敷に再び住むことは、おそらくもう無いだろう。
父の私室のすぐ近くにあるこの窓には、苦笑したくなるような気恥ずかしい思い出があった。
十五の少年が父の愛人に憧れ、一人前に男と認められているものと自惚れて玉砕した。
あれから十年だ。
今にして思えば、確かに十五歳などまだ少年だ。男性のうちに入らんだろう。
もしかすると、自身の生意気な思い込みなど、彼女は察していたのかもしれない。
そうと思うと、余計に居たたまれなくなる。
あの後間もない頃から、あの美しい愛人は見なくなった。
どんな境遇になったのだろうと気にはなったが、父に聞く訳にもいくまいと思った。
その父も、三年前に亡くなった。
家を継いだが、もはや商売は殆どしておらず、先祖が蓄えた財産を管理するだけの当主になった。
余程のことでもない限り一生破綻はしないだろうが、男としては、家に飼い殺しにされるようなものと感じていた。
潮の匂いを感じた。
海を埋め立てたにしては潮の匂いの薄い街なのだが。
ここの潮の匂いを嗅いで育ち、生活してきた。
残りの人生は、潮の香りのない土地で過ごすことになる。
父の私室だった部屋の方を振り返った。
あのとき彼女が歩いて行った廊下とは、別の方向へと進む。
ゆっくりと踏みしめるように階段を降りた。
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