アンチバディ

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アンチバディ

 少年が一人、自分の中学校のプールで死を迎えようとしていた。 「ちくしょう、何故俺がこんな目に」 誰に恨まれていたのかは皆目検討もつかない。自分が何故こんな目にあっているのか全く分からなかった。塾の帰り道にコンビニエンスストアの駐輪場に自転車を停めてお気に入りのアイスを買って自転車の元に戻ってきた瞬間、何者かに殴られ気を失った。 意識が戻った時、少年は全身に冷たさを感じた。目が冷めて頭がズキズキしていたが、そんな事より両手両足を縛られて動けない事の方が気になった。そして何よりここがプールの真ん中である事の方がもっと気になった。幸いなのかは分からないが首だけは自由が効いたのでキョロキョロと動かして周りを見回す。プールの中央という事だけは真っ先に分かった。さら注意深く周りを見回すと体育の授業の時にみた風景そのままだと言う事に気がついた。プールの真横にある武道場、更にその向こうにある体育館、その反対側には通い慣れた校舎。ある程度高い建物しか見えない。時間は校舎の時計で確認する。11時20分ぐらいであった。少年は殴られてからプールに運ばれるまでで一時間ぐらい経過した事を察した。助けを呼ぼうと思いポケットからスマートフォンを出そうと思ったが生憎と両手両足が縛られている故に無理であった。とにかく助かりたいと思い体を捻った瞬間、少年のズボンのポケットからスマートフォンが勢い良く落ちた。それを見た少年はこれ幸いと思い顔をスマートフォンに寄せる、舌でスマートフォンの画面をプッシュするつもりだった。だが、不幸にも画面から落ちたせいでスマートフォンの画面は割れ銃弾を撃ち込まれたガラスのような集中線が出来ていた。それに構わず少年は舌を出して電話アプリを起動しようとするが起動しない。側面の電源ボタンを軽く一度押さないと起動しないのだから当然である。 それを思い出した少年は歯で電源ボタンに噛み付いて起動させようとするが中々うまくいかない、今度はスマートフォンを横に立てながら下唇を押し込むがやっぱりうまくいかない。少年は涙目になっていた。その間もプールは水かさを増している、やがてスマートフォンは完全に水没し助かる希望すら絶たれた。 「おーい! 誰かー! 助けてくれー!」 少年は思いきり叫んだ、だが誰もいない。こんな時間に学校にいる人間など存在しなかった。一昔前であれば電話も普及していなかったので生徒が夜になって学校に帰ってこないなどの緊急事態が起これば学校に駆け込んでくる事もあった、そんな事もあり校内警備も兼ねて連絡係として教職員の宿直がいたのだが、電話も普及し今や中学生でも携帯電話を持つような時代となった為に宿直と言う制度は無くなっていたために校舎内には人っ子一人いないのであった。 「冷たい! 助けてくれよ!」 暗くてよく見えないがプールサイドには何者かがいる、多分そいつが俺を殺すのだろうと思った少年は力の限り叫ぶ。 「なぁ! 助けてくれよ! 何でもするからさぁ!」 少年の懇願を聞く何者かは微動だにしない、この懇願を受け入れる気が無いのだろう。 「お願いです! 助けて下さい!」 懇願の言葉が敬語になった。下手に出る態度になれば助けてくれると思ったのだ。 しかし、何者かは動こうともしない。ただただ少年がプールの中央で水に沈んでいく姿を眺めているのだ。やがて、鼻や口が水で塞がって息が出来なくなり、少年は絶命した。 何者かはその一部始終を眺めていた。少年の死を確認した瞬間、口元を緩ませた。
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