42人が本棚に入れています
本棚に追加
ニューハーフキャバクラ・まっしゅぽてとは駅前ビルの一等地にあった。晴日市最大の駅の晴日駅から歩いて数秒のビルの5階にそれはあった。木製の豪華なドアを開けるとウィンドチャイムの音が店内に響き渡る。その音を聞いて「ママ」と思われる女装した大男のニューハーフがこちらに向かって走ってきた。
「ごめんなさい~ まだお店準備中なのよ~」
ニューハーフは柔和な表情を見せながらこちらに向かって走ってきた。声はいかにも中年らしい茶色い声だった。このニューハーフが女性ホルモンの注射を怠っているのは明白であった。
「警察ですが」
岡田俊行が警察手帳を見せた瞬間に大男の表情が一気に曇る。この前のガサ入れの件の事をまだ怒っているのだろうか。
「ちょっと! ここにはアジアの子なんていないわよ! 全員日本人よ! まだいちゃもんつける気?」
岡田俊行は「どうせこの日だけはアジアン系みんな休ませてたんだろう」と思ったが黙っておいた。今ここで波風を立てるのは愚策である事を分かっていた。心配なのは横にいた稲葉白兎であったが今回は大人しいようだった。
「今回は別件です。小濱照史さんにお話を伺いたい事がありまして」
「あら? テルコちゃんにお話? バックヤードにいたと思うわ。テルコちゃーん?」
テルコ、それが彼女…… いや、彼の源氏名か。そんな事を考えているうちにバックヤードから小濱照史がこちらに向かって走ってきた。格好はSNSの写真にあった通りの女装であった。
「なんでしょうか? 店長」
女性ホルモンでも投与してるのかその声は男の声とは思えない程高かった。
「こちら、警視庁の岡田さん。あなたに話があるみたいなの」
「警察の…… どういったご用件でしょうか?」
「20年程前に通っていた塾に関してお話を伺いたいのですが」
「知りません! あんな塾知りません!」
この反応を見る限りビンゴであった。一体どっちの件の話だと思っているのだろうか。
「塾長、ご存知ですね?」
「知らねぇよ! あんな奴!」
いきなり口調が男そのものに変わった。声も女性ホルモン投与で高くなった声ながらも低さを感じた。
「あの、事件のことは?」
「知らねぇよ! 何かあったのかよ!」
「あの? ニュースとかご覧にならないのですか?」
「ニュースやってる時間は寝てるし、夜のニュース見る時間はここで酒呑んでるからニュースは見ねぇよ!」
「今どきのあなたのようなキャバ嬢は教養が必要と聞いてるのですが本当にニュースとか見てないんですか?」
「うちはこんな教養ある話題が必要になる客対象にしてないし、教養が必要なら姉さんに対応してもらってます!」
口調は乱暴なものの若干の笑顔が見えた。先程「キャバ嬢」と言った事で女性扱いされたと思って少し嬉しく感じたのだろう。これ以上ニュースの見てる見てないで問答を続けてると話題がズレてきたと思った岡田俊行は本題を切り出した。
「精鋭塾塾長の東野正明さんですが、亡くなりました」
「え?」
小濱照史は驚いたような顔を見せた。そして尋ねた。
「どうしてですか?」
「あれ? 先程知らないと言ったのでは? 気になるのですか?」
かまをかけたようで少し複雑な気分になったがこれで情報が引き出せるなら安いものだ。
「そ、それは……」
小濱照史が口ごもった時、ウィンドチャイムの音が鳴り響いた。
最初のコメントを投稿しよう!