ガニメデスの庭園

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 酔いこそ冷めたがまだ頭がズキズキとする状態で岡田俊行は参道求の家のリビングで目を覚ました。まな板を叩く包丁の刃音が目覚まし時計となっていた。 「あら、おはようございます。もう9時過ぎてますよ」と、ポニーテールの女性が岡田俊行に向かって言った。 「遅刻だッ!」 とうに出勤時間は過ぎている。渡辺警部に怒られると思い慌てて背広のスマートフォンを取り出そうとしたところでポニーテールの女性が言った。 「捜査本部には主人の方からお電話を入れさせて頂きましたのでご心配はいりませんよ。稲葉さんと言う方が対応なさったそうです」 あいつが対応したのかと思いながらまだズキズキと痛い頭を抱えながら岡田俊行はポニーテールの女性がいるキッチンに向かって歩いた。そこにはホウレンソウを一口サイズに切る女性の姿があった。 「あの、あなたは?」 初めて見る女性だった。これまで何回か参道求の家には来ているがこの女性に会ったことは一度たりとも無かった。初対面である。 「参道結里加(さんどう ゆりか)参道求の不肖の妻でございます」 ああ、裁判官の妻がいると言っていたな。そんな事を思い出しているうちにも参道結里加の方が岡田俊行に話しかけた。 「いつも主人がお世話になってます」 「いえ、こちらこそ」 「古屋敷先生の捜査協力を引き継いだんですって? あの人迷惑かけてませんか?」 「いえ、むしろ助かってます」 「本来法的にはアウトなんですけどね」 さすが裁判官、この辺りはキッチリと突っ込む。岡田俊行は全身の血の気が引いた気がした。 「昨日もキャバクラ、それもニューハーフの。あそこで何をしていたんだか」 「あ、いや…… それは……」 「気になさらないで下さい、多分手がかりがあると思ったから編集さんのお金で行こうと思ったんでしょうね。あの人思い立ったら即行動の人ですから」 そのお金は偶然にもチャラになったのだが言う必要性は無いと思うと同時に岡田俊行は猛烈な尿意に襲われた。 「ちょっと、お手洗いに行ってきます」 「そこの突き当り、ですけど岡田さんはここに何回か来てるみたいなのでご存知ですね」 岡田俊行は廊下の突き当りにあるトイレに向かって走った。ドアノブに手をかけるが鍵がかかっていた。 「ちょ」 誰かが入っているのか! この緊急時に! と思った時にいつの間にか背後にいた参道結里加が10円玉をトイレの鍵のくぼみに入れて回した。 「最近、子どもたちのイタズラのせいで鍵の調子が悪くて……」 ガチャ。鍵は開いた。トイレの中には誰もいなかった。 「扉を開けた状態で鍵を閉めるんですよ、それで扉を強引に閉めるものですから……」 「これで鍵かかるもんなんですか? 閂で引っかかって扉閉まらないんじゃ」 「この扉、ラッチボルトを固定して鍵を閉める簡易的なものなんですよ。ロックボルトと違って引っかかりが無いのでラッチボルトの斜めの爪だと強引に穴に入っちゃう事がありまして」 夫婦揃って似たような説明をされたような気がした。
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