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「そう言えば何で誰もいないと分かったんですか? ご主人がいるかもしれないのに」
「主人は黒石さんと一緒に出版社に行きましたよ、始発で。なんでも劇場版のなんとかかんとかって作品の設定会議があるとかで」
昨晩自分をこの家に連れてきたのも割と夜遅くだと思ったが…… 正直済まないことをしたと岡田俊行は猛省した。
「ところで、お手洗いの方は良かったのですか? お急ぎのようでしたけど」
岡田俊行は慌ててトイレに駆け込んだ。
用を足し終えてリビングに戻ってくると目の前には高級旅館の和風の朝食のようなものがテーブルの上に並んでいた。
「あの、これ何でしょうか」
「朝食ですが」
「いや、別に気を使っていただかなくても」
「うちはいつも朝食はこのような感じですが」
なんて羨ましい生活をしてるんだ参道求。と、心の奥底から岡田俊行はこう思った。俺なんかコンビニのパンやおにぎりのローテーションだぞ。とも同時に思う。
この朝食はとにかく美味しいとしか言えなかった。瑞々しくも甘いご飯、塩麹にまぶされた鮭の切り身、透き通るようなすまし汁に浮かべた三葉、控えめな甘さの中に僅かな辛さを感じるだし巻き卵、その横に添えられた梅干し、この梅干しも妙に甘い。普段の朝食とは比べ物にならないものを何も考えずに食べる岡田俊行、その目には涙が溜まっていた。
「あの? お口に合いませんでしたか?」
「とんでもないです! こんな美味しい朝ごはん生まれて初めてです!」
「お世辞でも嬉しいです、主人にも聞かせてやりたいわ、毎朝こんな感じだと洋食食べたいって愚痴るんですよ」
「あの、ご主人一発殴りましょうか? こんな朝食作ってくれるのに贅沢過ぎますよ!」
「お願いしようかしらね! 裁判になっても私の独断で傷害罪取られないようにしてあげるわ」
これが冗談なのか本気なのか岡田俊行には判断がつかなかった。多分、冗談なんだろうなと言うことで心の中で納得しておいた。
「主人はあなたの事信頼してるようですよ」
「どうしてそう思います?」
「今この家に男女が二人きりじゃない? 普通ならあなたが私に何かするんじゃないかって思いません?」
「言われてみれば」
「主人はあなたがこんな事をする人間じゃないってわかってるから安心して家に置いていったと思うのよ」
「私もいきなり身も知らない得体の知れない男と家に二人っきりなんてなったら怖いとは思いますよ。でもあの人が特に細かい事も言わずに置いてくところ信頼出来る人なんだなって思うことにしました」
そんな話をしているうちに玄関の戸が開く音が聞こえた。
「あら、意外に早いお帰りね」
参道結里加は参道求を玄関まで出迎えた。それから程なくして参道求もリビングに姿を表した。
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