ガニメデスの庭園

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 二人は自習室で自動販売機のコーヒーをすすっていた。 「うわっ! このコーヒー甘いな!」 「塾長の方針でここのコーヒーは砂糖たっぷりにしてあるんだよ。何でも糖分が無いと頭が働かないからって」 岡田俊行はコーヒーはブラック派であるためにこの塾ではやって行けないと思った。 自習室では二人以外にも数人の塾生が自習をしていた。転塾の手続きが終わって自習でもしているのだろう。 「あの? 参道求先生ですか?」 一人の女生徒が参道求に話しかけてきた。「先生」と言う敬称をつけるところ顔を知っていると言うことであった。 「はい、そうですけど」 それを聞いた瞬間に女生徒の顔が満面の笑みに変わった。どうやらファンなのだろう。 「私、茂部紗子(もぶ さえこ)って言います! 先生の作品のファンなんです!」 茂部紗子は自分の鞄から一冊の本を出した。本のタイトルは白銀の夢の人と書かれていた。 参道求はそれを見て満面の笑みを見せた。 「これ懐かしいねぇ! 担当から「現実より夢見せろ」って言われてファンタジーに挑戦したんだよ。冴えない少年が異世界に召喚されてその異世界を支配する魔王を倒すって使い古された素材でよく頑張ったもんだよ!」 本当にありがちな素材である。この設定だけでカビが生えて腐りきってるのでは無いだろうか。この手のファンタジー作品には一切興味のない岡田俊行でさえも「よくある話だな」と呆れる程であった。 「結局魔王は倒すんですけど、魔王が異世界の創造主って事になってて、異世界って言うのは皆が見る夢そのもので、夢の世界の創造主が死んだことで人類は寝る時の夢を見なくなったってオチですよね」 「そうそう、正直冒険してる過程の方が書いてて楽しかったよ」と、言いながら参道求は茂部紗子から本を受け取った。 「サイン書いていいかな? 貴重な読者さんに会えたんだからこのぐらいはしないと」 「嬉しいです! 家宝にします! 子々孫々末代まで語り継ぎます!」 「じゃあ、僕もその子々孫々まで読まれるぐらいの作品書けるように頑張るよ」 参道求は崩したような字で見返しの部分にサインを書いた。その手付きは何百何千回と書いているのか慣れに慣れきったものであった。 こんなやり取りがあった後で参道求は唐突に茂部紗子に尋ねた。 「ここで何してるの? 自習?」 「この時期図書館も受験生で満員ですし…… のんびり勉強できるのがここしか無いんですよ」 「塾は辞めないの? ってか転塾しないの?」 「もう名門私立の推薦貰えたんでこれ以上根詰めて勉強しても無駄になると思って夏は遊ぶことにしました」 「土日の毎回模試ばっかりの夏休みより楽しそうで何よりだね」 「それに、あんなの見ちゃったんで…… 早く忘れたくて」 「あんなの?」 「塾長の血まみれの死体を……」 「思い出した! 君死体の発見者のうちの一人だったね!」
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