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東野尚子逮捕から数日後、精鋭塾は40年もの長い歴史に幕を閉じた。裏口入学の斡旋から来る殺人と言うカバーストーリーは世間を大層盛り上げた。不思議な事に裏口入学の理由となる少年少女に対する性的暴行に関しては一切明らかにならなかった。自分の身を売り殺し高校進学した地位のある人間達が示し合わせて性的暴行の事実だけはもみ消したのだった。
「夏休みでワイドショー見る子供がいるってのもあるだろうね」
参道求はこの報道を呆れながらも当然と言う目で見ていた。この事件に関わり性的暴行の関与があったことを知っている人間も同じ反応であった。
「そう言えばグラスどうなった?」
今回の事件の鍵となったDNAを採取したあのグラスの事であった。今にして考えれば完全な窃盗であった為に参道求は今更ながら気にするのであった。
「ああ、科捜研経由で返しといたよ」
「窃盗罪に問われるのか?」
「本来なら問われるところだけど、あちらさんもグラスは捨てる程あるのか気がついてなかったよ。だからあちらが訴える事は無いし、たまに変態ストーカーが口つけたグラス盗むこともあるらしいからよくあることらしいんだよ。だからお前が気に病むことはない」
「そっか、安心した」
参道求はほっと胸を撫で下ろした。
「ところで…… 何してるんだ?」
参道求はキャリーケースにタオルやら水着やらを詰め込んでいた。この作業をしながらこれまでの話をしていたのだった。子供二人も麦わら帽子にアロハシャツに浮き輪装備でこれからどこに行くかバレバレな格好をしていた。
「見てわからないか? 旅行の準備だよ」
「旅行? どこに?」
「ハワイ。せっかくの夏休みだし」
小説家みたいな自由業はいつでも夏休みのような気がしたがこれを言うと機嫌を損ねそうな気がするので黙っておいた。
「おいおい原稿はいいのか?」
「このために数カ月分は原稿ストックしてある。担当にバレたらその数カ月先の原稿まで書かされそうだからそーっと行くんだけどな」
担当黒石をテレパシーで呼んだが生憎と岡田俊行はテレパシーの能力は無い。担当黒石がその場に来ることはなかった。
「俺も連れてけよ」
「おかだのおじちゃんもいこーよー」
「そーだよー」
参道求の子供二人が大岡裁きのように岡田俊行の両腕を引っ張る。子供故に手加減しないせいか千切れるのかと錯覚するぐらいに本気で引っ張っているせいか少し痛みを感じていた。
「岡田のおじちゃんは夏休みもみんなの安全を守るお仕事してるからな、駄目なんだよ」と、嗜めると子供二人は手をぽいと離した。
「なーんだ」
「ざんねーん」
そう言うと子供達は隣の部屋に走っていった。
「正直、みんなの安全と言うよりは今回の事件の後始末に近いかな」
「お疲れ様です」参道求は敬礼しながら言った。
「秋以降は何も無いことを祈るよ」
そう言って岡田俊行は参道求の家を後にした。
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