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「私立桃花仁高校ですけど……」
「桃花仁? あんな偏差値の低いところに?」
人前で今話している相手の母校に対して「偏差値が低い」と平然と言えるところこの人は何かが欠落しているのだろうと岡田俊行は思った。
「出席日数が足りなくて…… 後、色々あって公立の受験もしなかったもんで」
「あら、それならさぞかし勉強していい大学行ったのね?」
「あの、僕の小説の著者近影とか見てないですよね? 略歴全部書いてありますけど」
この話を聞いて岡田俊行は参道求の作品の著者近影のところを思い出していた。198X年生まれ、桃花仁大学卒。複数の会社を渡り歩いていたところを作家デビュー、この後は輝かしい文学賞の名前がずらり…… いちいち全部は覚えていなかった。問題は「桃花仁大学」だ。先程言っていた「偏差値が低い高校」と同じ名前なのだから姉妹校で推薦入学なのだろう。それと同時に「偏差値が低い大学」とも言えるだろう。
「受験勉強とかもう嫌だったので姉妹校推薦でさっと大学行っちゃいました、ははは」
本人は笑ってはいたが、その表情にはどことなく憂いがあるのを岡田俊行は見逃さなかった。これに絡んだ殺人事件が桃花仁学園で起こったら真っ先にこいつを疑おうと心の中で誓った。
「それより、このお金よ」
東野尚子は香典袋を参道求に突き出した。
「多すぎるわよ。あんな短い間の付き合いだったのに」
「短いと言っても小6から中2までの3年ですよ、特に小6の時はみんなでキャンプとか行って楽しかったですし」
「キャンプ…… そんな事もあったわね」
「え、進学塾だったのにキャンプとか行くんですか?」
「違う違う、一応高校受験の塾だけど小学生の頃から入る事だけは出来るんだよ。だけど殆ど入塾してくるのは中学からだから小学校から入る奴はあまり多くはない」
「昔は小学校で英語やってなかったのよ。だから中学でやり始める英語の先行教育みたいな事をやらせてもらってました」
「英語の授業の先取りですか」
「それもあるけど、算数から数学への移行とか全体的にやってたよ」
東野尚子は話がだいぶズレて来ている事に気がついた。
「そんな事より、こんなに香典いらないわよ」
「いえ、受け取って下さい」
参道求はこう言って東野尚子の手にある香典をそのまま握らせた。
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