好子と澄子

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好子と澄子

背後に、気配を感じて、振り返ると、好子が立っていた。 鬼の形相だった… と、いえば、いいのだが、明らかに違った。 好子の美貌が明らかに、戸惑っていた。 いや、引きつっていたというべきか… 好子の小柄だが、美しい顔が、ある一点を凝視している。 その一点とは、ずばり、澄子の顔だった。 「…あら、好子…どうしたの?…」 澄子が声をかけた。 好子は、 「…」 と、答えない。 好子は、緊張した表情だ… 私はここに至り、なぜ、好子が、直一を嫌うのか、ようやくわかった… 原因は澄子だ… 好子は、澄子が嫌いなのだ… 好子は澄子が嫌いだから、その夫である、直一が嫌いなのだ… いや、澄子が嫌いなのではない… 今、眼前の、好子の引きつった表情を見る限り、苦手、あるいは、怯えていると言ってもいい… それほど、好子にとって、澄子は嫌なのだろう… それは、なんとなく、私にもわかった… 澄子と会って、まもないが、澄子は、弟の米倉と同じ匂いがする。 同じ匂いとは、外面と内面の落差… 澄子の誰にも陽気に話しかける雰囲気と、これまで、米倉や、夫の直一から、聞いた素顔は真逆… 愛想のいい外面と、抜け目のない中身が真逆だ… そして、それは、弟の米倉にも当てはまる。 米倉の青年社長そのままの爽やかな外観と、弟の新造から聞いた中身もまた、違い過ぎる… 真逆だ… つまり、澄子と米倉は、父親も母親も同じ姉弟だが、中身も同じ… 外観と違う、抜け目のない人間ということになる… それに比べ、好子と新造は、違う… これは、やはり、父親が同じでも、母親が違うせいなのだろうか… 私は考える。 「…好子…どうしたの? …私の声が聞こえないの?…」 澄子が尋ねる。 声は可愛らしいが、メガネの奥の目は笑っていない… 美人の好子に比べると、誰が見ても、凡庸な外観の澄子… しかし、その凡庸さゆえに、澄子の能力がわかりづらいのかもしれない… 好子のように、誰が見ても、美人のルックスは、一見、得だが、どこにいても目立って仕方がない… 好子が初めて、訪れた場所でも、つい周囲の人間が、美人がやって来たと、好子に目が釘付けになる… それゆえ、大げさにいえば、好子の一挙手一投足が、周囲の人間の目に、晒されることになる… つまり、なにをやっても、その美貌ゆえに、目立ち過ぎるのだ… そして、それが、好子の弱点でもある。 誰もがそうだが、いつも周囲の人間の目に晒されていてはなにもできない… ちょうど、衆人環視の中で、手品をやるようなものだ… いつも、衆人環視の目に晒されていては、手品のタネを仕込みこともできない… そういうことだ(笑)… そこまで、考えたとき、 「…なんでもないわ…」 と、答える、好子の声が聞こえた。 「…なんでもない?…」 と、澄子。 「…そう…なんでもない…」 そう答えると、好子は踵を返して、その場から立ち去った。 「…あらあら、嫌われちゃったわ…」 澄子が笑いながら、言う。 しかし、その言葉とは裏腹に、少しも、好子の言動に、気分を害した様子はなかった。 むしろ、好子のことを、からかう様子だった。
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