第十三章 予感

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「しばらく会えないけど。できるだけ毎日連絡するから。さくらさん、またね」  優しい笑顔。ゆっくりと離れていく手。立ち上がった新太のネクタイが目の前で揺れた。見上げた新太は、視線だけでさくらをいとおしむように見つめている。  それからゆっくりと背をむけた。急に心許ない気持になって、予感に似たなにかが、痛みを伴いながら背中を通り抜けた。 (こんなにお互い好きなのに、ニ人の未来は重ならないかもしれない)  唐突に浮かんできたその言葉に、さくら本人がびっくりした。すぐに首を振る。さきほどの神谷の言葉としばらく会えない寂しさが、そんな言葉を流しこんできたのだ。さくらはそう、自分自身に言い聞かせる。 「そんなの、いや」  遠ざかっていく新太の姿を見つめながら、心の声を実際に口にしてしまい、思わず手を当てた。ちょっと離れるだけでそんなことを考えてしまうなんて。どれだけ新太のことが好きなんだろう。一人苦笑を浮かべてしまう。  いつのまにか、心すべてを新太がすっぽりと包み込んでしまっていた。少し前までは、自分がこんなふうになるなんて想像もしていなかったのに。  新太が注ぎ込んだ情熱が、いつのまにか体の内側で息づいて、木々が太陽の光を求めるように、いつでも彼をもとめてしまうようになっている。  もっとしっかりしなければ。さくらは大きく息を吐いた。  電話するときも。次に会うときも。新太の前ではいつでも笑顔でいようと自分に言い聞かせる。  腕時計に目を落とすと一時を過ぎていた。新太が向かったビルを見つめてから、さくらも立ち上がった。
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