第十四章 棘

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(あいつがさくらを変えた)    それを痛いほどわかっている司は、なんともいえない苦いものが胸の奥で疼く。こんな気分のままさくらと話でもしたら、平静さを失って、何かおかしなことを言ってしまいそうだった。  幸か不幸か、合宿に入ってからさくらと話す機会はほとんどなかった。プレゼンは別チームだったし、作業に追いまくられてお互い忙しかったのは、正直有り難かった。何かに集中していると、気持ちが安定してくる。合宿も後半戦にはいった頃には、ほぼいつもの平静さを取り戻していた。  さくらが話しかけてきたのは合宿最終日、メインイベントのプレゼンが終わって、一気に空気が緩んだ打ち上げの最中だった。 「あの、三井くんお疲れさま」  無礼講となって大騒ぎになっている宴会場。まわりがどんちゃん騒ぎをしているなか、さくらは司の座っている席までビール瓶を持ってきた。普段自分からお酌に回ったりするようなことはしない。さくらと話をしようと思っていた司は、さくらもまた自分と話をするつもりだったのだと苦笑した。 「さくらがわざわざお酌してくれるなんて、うれしいよ」  一生懸命、瓶の角度を調節して泡の様子をみながら司のコップにビールを注ぐ。その生真面目な様子は、以前のさくらと変わらない。 「じゃ、さくらもどうぞ」  テーブルに置いてあったグラスを渡し、手慣れた様子でビールを注ぐ。ビールの泡がコップの淵からいい塩梅で盛り上がってぴたりと止まり、さくらが目を丸くする。
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