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その瞳は新太を想う気持で溢れている。こんな表情を、感情を、自分にむけてほしかった。司は苦しいくらい切実にそう思ってしまう。けれどそれらはすべて、あの男に向けられたものだ。
「もしこのまま低迷が続くようなら、プロをやめて普通の大学生になればいいんだろうけど」
自分の声がまるで他人の声のように頭のなかで響いた。ARATAがプロの道を捨てる訳がない。司は確信していた。
「それでも、あいつがプロとしてどうしてもトップを取りたいというなら」
さくらが司を見つめて言葉を待っているなか、ゆっくりと口を開いた。
「神谷がいうとおり、さくらから、あいつと距離を置くしかないんじゃないかな?」
まるで私情などこれっぽっちも挟んでいない。そんな淡々とした口調でそう言い切る。さくらは大きく瞳を見開き、唇を震わせた。司の放った小さく鋭い棘が、さくらの心に刺さった手応えを確かに感じた。
一瞬、沈黙が落ちる。周りのガヤガヤとした喧騒だけが二人を包む。暫くして。さくらは痛みに耐えるように、健気に微笑んだ。司の小さな悪意すらも包み込むような笑み。
「うん。本当はそうすべきなのかもしれない。だけど私は……出来る限り側にいて彼を支えたい。一緒にいたいの」
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