第十五章 溢れ落ちるもの

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「今日、会える?」  電話の向こうでも微かに笑う気配がした。 『今ね、出掛ける準備を始めていたの』 「え?」 『朝ごはん、何も用意していないでしょ? 何か持っていくからちょっと待っていてね。うーん、多分七時前にはそっちにつけると思う』  新太は我慢できなくなって吹き出した。 「さくらさん、行動早い。スゲー」 『でしょ』  ふたりでクスクス笑いあう。 「慌てないで。気をつけて来てください」 『うん、大丈夫だよ。じゃあ後でね』 「待ってる」  さくらが電話の向こうで微笑んだ気がした。電話が切れたのを確認して新太も通話を切る。  早く腕のなかにさくらを抱き締めたい。もうすぐ会える恋人を想って、新太ほ柔らかな吐息をつく。今、ようやくまともに呼吸ができた気がした。酸素がきちんと肺に取り込まれて体をめぐりだした感覚。  大会中は息苦しさを感じたから、呼吸が浅くなっていたのかもしれない。さくらと堂々とつきあっていくためにも、どうしても神谷に勝ちたかった。去年よりいい成績をのこしたかった。そんな気持ちが焦りに繋がっていたのかもしれない。  結果は神谷にたどり着くまえに惨敗。一方神谷はただ淡々と目の前にある勝負に集中し、自身のプレイを楽しんでいるようにみえた。時折笑みすら浮かべて。 (全然だめだ、俺)  ベッドにすわったまま、天井の一点をじっとみつめ、唇を噛み締めた。これからどうすべきか。少しクリアになった頭で考える。
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