第十五章 溢れ落ちるもの

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 これは譲れない。その気持をこめてはっきりいう。新太がさくらの声に反応する。冷たく尖っていた瞳が不意に揺れて、溶けた。 「あ、ああ、さくらさん。寝ていてよかったのに」  ようやくさくらの姿を認めたような、どこか上の空な調子で呟いた。とりあえず反応してくれたことに少しホッとする。 「ううん。寝ちゃってごめんね。それより食べよ?」  そう言っても新太の動きは鈍い。表情は固いままだ。 「ごめん。折角用意してくれたけど俺、腹減らなくて。あんまり食欲ないんだ」  ため息をついてそういう新太は、椅子から立とうとしない。さくらは断固として首をふった。 「食べられなかったら、それでも構わない。一口だけでもいいから口をつけてみて。ね?」  腕をそっと掴む。新太をまっすぐみつめ、必死に懇願する。さくらをぼんやり見つめていた新太の口元が、困ったように、けれどゆっくりと小さくカーブを描く。それをみて、さくらも張り詰めたものが少し緩んだ。 「さくらさん、けっこう強引」  新太がようやく笑った。 「そうだよ。基本強引なの。知らなかった?」  さくらもあえて明るい調子でそういうと、新太もちょっとそうかもって思ってた、なんてからかうように返してきて二人の間の空気が和む。新太はようやく椅子からたちあがった。  
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