第十五章 溢れ落ちるもの

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「強引に食べさせたりするから、私のこと、イヤになっちゃった?」  わざと冗談めかして聞くと、新太は苦笑しながらまさか、と言って首を振り、隣に座っていたさくらを抱き寄せた。 「さくらさんといると、心がほぐれて穏やかな気持になれる。抱き締めると柔らかくて甘い香りがして、ずっとずっとこうしていたいって思う。大好きだっていつも思う」  耳元で囁かれたその言葉はさくらへの愛情を語っているはずなのに、どこか苦しげだった。新太は、次の言葉を探すように黙った。二人の間に落ちてきた沈黙を刻むように、さくらの心臓の音が耳の奥で響く。  しばらくして。ようやく新太が口を開いた。 「俺がアジア大会で惨敗したの、さくらさん、知っているんだよね?」  困ったように顔をあげると、新太もそっと体を離した。さくらの表情をみて、ため息まじりに微笑む。 「今の状態を立て直さなくてはいけないって、少しあせってる。さくらさんの優しさに浸ることすら、戦闘モードにうまく切り替えができなくなりそうで怖い。俺、不器用だから」    その言葉はさくらの心を突き刺し、震わせた。  いくら傍で支えたいと思っても、さくらの存在自体が、新太の集中力を削いでしまう。新太のゲーマーとしてのパフォーマンスに悪影響を及ぼす。ゼミ合宿で、司に言われた言葉が頭のなかで響いた。 『神谷がいうとおり、さくらから、あいつと距離を置くしかないんじゃない?』  神谷がいいたかったのは、こういうことだったのだと、すべてが繋がったような気がして目眩がした。顔色が変わったさくらに、新太はすぐに気がついて、手をそっと握ってくる。
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