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「ごめん、変なこといって」
さくらは頷くことも、否定することもできなかった。ただ新太の顔を見つめることしかできない。新太は困ったような笑みを浮かべ、さくらの髪の毛を優しくとかすように撫でた。
「十日後にトップクラスのゲーマーが集まって対戦するイベントがあるんだ。大介さんも参戦する。それに向けて学校も休んで集中してトレーニングするから、しばらく会えないかも。しっかり調整してこの状態から抜け出すキッカケにしたいと思ってるから」
宥めるようにそういう新太に、思わずゲーマーなんてやめて、という言葉が口をついて出てしまいそうになる。けれどそんなこと言えやしない。
さきほどゲームを中断させたときの新太の顔を見てもわかる。本気ですべてを賭けて勝負しようとしている男の顔だった。誰も彼を止められないし、止める権利もない。
あの研ぎ澄まされた意識の中に、さくらが入る隙はないし、入ってはいけない。新太がプロゲーマーをやめない限り、それは続く。
「さくらさん?」
新太が心配そうに顔を覗きこんでくる。砕けそうになっていた気持ちを必死でかき集め、いつも通りにみえるはずの笑みを浮かべてみせた。
「うん、わかった。しばらく……電話も、メッセージも控えるからトレーニングに集中してね。応援してる」
「うん。ありがとう」
新太が安心したように頷いた。もうゲームのことを考えているのかもしれない。その瞳はさくらを通り越して、遠い場所をみつめているようにみえた。さくらの鼻の奥がつん、と痺れる。
「あ、私、ちょっとトイレにいってくる」
握られていた手をそっと離して新太に微笑みかけ、慌ててトイレに向かう。
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