第十五章 溢れ落ちるもの

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 こぼれ落ちそうな涙をこれ以上抑えられる自信がなかった。歩きだしたとたん涙が一粒、頬を滑り落ちた。急いでトイレに駆け込む。  こみあげてきた大粒の涙と嗚咽。声が漏れないように、両手で口をおさえた。肩で息をして、泣きたい衝動と必死で戦う。それでも涙は止まってくれない。両手で顔全体を覆う。さくらは泣きながら笑う。 (やっぱり、新太くんがどうしようもないほど好き)  こんなふうに感情を爆発させるように泣いたのは、遠い昔、弟の哲人を出産するため産院に入院して、帰ってこない母親を求めて泣きじゃくった時以来かもしれない。  散々駄々をこねて泣いたのに、母親が生まれたばかりの弟、哲人をいとおしげに抱いて帰ってきたのをみた瞬間、憑き物が落ちたように悟った。大好きな母親にべったりと甘えられる時間は終わったのだ、と。  今もあの時と同じだ。泣いた後は、認めなくてはいけない。好きだからこそ、新太とは一緒にはいられないことを。  でももう少しだけ、と自分を甘やかす。両手の指から涙が溢れ、雫になって隙間からこぼれ落ちていった。
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