第十六章 交錯する心

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 ゼミ開始一時間前。司は卒論の資料整理をやろうと早めに小教室に向かった。ドアをあけた瞬間、ぽつんひとり、すわっていた先客を見つけてはっとする。 「さくら?」  しん、と静まりかえった小教室に、ひっそりとさくらが座っていた。机の上には何も置かれていない。司が声をかけてもすぐには反応せず、ぼんやりした視線を数秒むけたあと、ようやく瞳を少しだけ見開いて、ああ、三井くんも早いね、と呟いた。 「卒論の資料整理をやろうかと思って早くきたんだけど。さくらは何をやってるの?」  目の前にたって彼女を見下ろした。さくらはうーん、と唸ったあと、口元を強張せたように見える、硬い笑みを浮かべる。 「私も資料を少しまとめようって早く来たんだけど、眠くてぼおっとしちゃった」  そういって取ってつけたように、鞄からファイルやノートパソコンをだして机の上に置いた。司は嘘だとすぐに思う。眠いという表情とは少し違う。どこか魂が抜けてしまったような、生気のない瞳をしていた。 「あいつと、何かあった?」  考える前に、そう口が動いていた。司のその言葉は、静かな教室で予想以上に大きく響いてしまう。さくらは一瞬肩をぴくりと震わせたけど、すぐに取り繕うように小さく微笑んで首を振った。 「何も。何もないよ」  この話はもう終わり、とパソコンを立ち上げ、視線をそこに落としてしまった。頑ななその様子に、敗北感に似た気分を味わう。  さくらは司の気持ちを知っている。そんな男の前で弱っている様子など見せるわけにはいかない。きっとそんな風に思っている。
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