第十六章 交錯する心

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 あの時さくらは、取り繕うような笑みを浮かべ、トイレに行ってくる、そういったきりなかなか戻ってこなかった。  心配になって様子を見に行ったら、洗面台の前で化粧を直していた。鏡越しに目があったとき、さくらが困ったような笑みを浮かべて新太を見た。  まぶたのうえがちょっと腫れている気がした。それまでの会話を思い返してみても、さくらが泣くようなことはなかったはず。表情も、さきほど見せた辛そうな、悲しげな様子は消えていた。 『腹痛で、もがき苦しんでいるかもって思っちゃったよ』  新太があえて冗談めかしてそういうと、やだな、化粧を直していたの。そういってポーチをみせて笑うさくらは、いつも通りにみえた。いや、普段より少し濃いめに施されたメイクに微かな違和感はあったかもしれない。けれどその後、さくらはいたって普通だった。    帰りも、トレーニングしなきゃいけないのだから、送らなくていい。さくらに強くそう言われ玄関先で別れた。名残惜しくてつい彼女をぎゅっと抱きしめたとき、ぴくっと背中が震えた。覗きこんだ瞳はせつなげに細められていて。思わず貪るようにキスをしてしまったものの、何かがしっくりこない感じがした。
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