第十六章 交錯する心

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 唇が離れたあと。静かにほほえんで、じゃまたね、そういってあまりにもあっさり出ていったさくらに、なんだか落ち着かない心持ちになった。何か大事なことを取りこぼしてしまったような心許なさを感じた。  気のせいだろう。そう自分に言い聞かせて、トレーニングに集中することにした。そうすべきだと思った。  さくらの様子がおかしくなった原因は思い当たらなかったし、なによりエキシビションマッチに向けてトレーニングをどうするかで、頭がいっぱいだった。  けれどこうして何日も会わず、連絡もしないでいると、あの悲しげな顔がフラッシュバックして現れる。新太のなかで何かが引っ掛かっている。  (今日、これが終わったらさくらさんに連絡をとろう)  新太がそこまで考えたとき、名前を呼ばれ顔を上げた。神谷だった。 「次いくぜ。俺の相手、お前だろ」  神谷はいつもどおり飄々とした雰囲気のまま、なんでもないようにそういうと親指でドアを指さした。  新太と神谷の名前がコールされ会場にはいると、ゲームセンター内はその日一番のどよめきと歓声に包まれた。  いきなり初戦から神谷なのはツイてない。それでもやるしかないし、勝つしかない。そのためにストイックにトレーニングを重ねてきたのだ。新太は歓声にまぎれてそっと息を吐く。  ギャラリーに囲まれるようにして、向かいあって置かれているゲーム台のまえにそれぞれすわった。コントロールパネルの上に両手を置く。  左手の小指とくすり指の間にスティックを差し込んで、上から掴むように軽く握って動きを確かめる。コンマ何秒でも操作の遅れは、神谷との闘いでは一気に命取りになってしまう。
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