第十八章 ただひたむきに

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 席に新太はいなかった。普段はさくらより早い時間に来ていることが多い。ほっとしたような、寂しいような気持ちで、その席とは反対方向にある場所に腰をかけた。いつもの席に座る勇気などなかった。  横の席には一年生らしい女の子がすぐに座ってしまったから、たとえ新太がこのあと教室に来たとしても、隣にくることはないはず。もうすぐ授業も始まる。  別れの言葉を口にしなくても、こうやってすこしずつ新太との距離は遠ざかっていくのかもしれない。決定的な言葉を口にしてしまったらどうなるのだろう。涙がにじみそうになって、さくらはあわてて人差し指で目頭を押さえた、その時だった。 「ごめんね。悪いんだけど席、替わってもらってもいいかな? 俺、どうしてもその席に座りたくて」  聞き覚えのある声にはっと顔をあげた。いつのまにか側にきていた新太が、さくらの隣にいる女の子に、にっこりと微笑みかけていた。  いつもはそんなふうに愛想よくほほえんだりしない。基本的に、外にいるときは無愛想なほうだ。それがアイドル顔負けのさわやかな笑顔を浮かべている。さくらは呆気にとられて彼の横顔を見つめた。  その笑顔の破壊力はすさまじく、女の子は頬をさあっと赤らめた。それから慌てて立ちあがると、どうぞといってすぐに席を譲ってくれた。   「ありがとう」  後ろの席にいってくれた女の子に軽く会釈をすると、新太はさくらに向き直った。爽やかな笑顔は消えて、真剣な瞳がさくらをじっと見つめていた。さくらの心臓がぐらりに跳ねて鼓動を打ちはじめる。ちょっと間を置いたあと、新太が口を開いた。 「さくらさん、俺を避けているの?」
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