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後続車からクラクションが鳴らされて、新太は前をみる。アクセルペダルを軽く踏みこみ、左手でさくらの手をにぎったまま運転する。
「しばらくこうしてて」
掠れた声でそう呟かれ、ギュッと手を握りしめられた。その手はいつも、新太の感情を饒舌に伝えてきてしまう。彼の痛みがさくらの指先を焦がすように、流れこんでくる。
しばらく何も話さない時間が続いた。エンジンが低く唸り、時折シフトチェンジする音だけが車内に響いて空気を揺らす。
新太がひとつ吐息をついたあと、ハザードランプをつけて路肩に車を止めた。さくらは顔をあげて新太をみる。新太もしっかりとさくらの視線を捉えた。その瞳は強い意思を帯びてまっすぐに見つめてくる。
「エキシビションマッチで大介さんと対戦中、一番集中している最後の場面、さくらさんが俺を呼ぶ声が聞こえたんです」
さくらはびっくりして慌てて小さく首をふる。
「私、呼んだりしてない、よ?」
あの時、声を押し殺して泣いていた。心の中では新太を呼んでいたかもしれない。それでも実際声にはだしていないし、例えそうであったとしても、まわりの男たちの声にかき消されているはずだ。
「俺もさくらさんが来てるって知らなかったし、そもそも対戦プレイ中はいつも以上に集中するから、どんなにうるさくてもまわりの音なんて聞こえないんです」
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