第四章 恋情

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 幾重にも絡み合うコード。何台ものディスプレイ。雑然として無機的な部屋に響く微かなモーター音。    それらに囲まれるように配置した椅子にすわり、目にも止まらない速さで叩いてマッチョなファイターキャラを操り、ひたすら同じ動作を念入りに繰り返す。  画面をみつめながらコントローラーを叩いていた新太は、ため息をついてヘッドフォンを外した。 「くっそー。集中できねえ」  1/60秒と言うフレームで感覚を研ぎすませて戦う格闘ゲームの世界。微かな雑念があっても動きが遅れてしまうのに、雑念だらけの頭じゃ、おもうようなパフォーマンスができない。  新太はゲーマーだ。それも生半可なレベルじゃない。格闘ゲーム界隈では名が知られているトップレベルのプロだ。  彼の人生、そのエネルギーのほとんどすべてを格闘ゲームに注いできたといっても過言ではない。  新太がはじめて格闘ゲームをやったのは小学生のとき。自分の手足のよう動く画面上の分身たちが、豪快に敵を倒す爽快感に夢中になった。  両親とも医師で仕事が忙しかったけれど、野放しでゲームをやらせてはくれるような放任主義ではなかったから、目を盗んでゲームに没頭する日々。  家でやるだけでは飽き足らず、おこづかいやお年玉、持ってる金すべてを投入してこっそりゲームセンター、いわゆるゲーセンにも通った。とにかく強い相手と対戦したかった。    ゲーセンには純粋にゲームをやりたい人間も集まったけれど、悪い仲間に引き入れようとする輩も勿論いた。
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