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柔らかく絡まった空気がふわりと溶けるようなキス。ひたすら甘くて優しい。さくらは目を閉じてその感触に浸る。
ゆっくりと唇を離して目を開けると、大きく見開かれた新太の瞳と視線がぶつかって、さくらは思わず微笑む。唇についた口紅を薬指でそっとなぞって消した瞬間、新太の唇が微かに震え、喉仏が上下に動いた。
「いってきます」
抱擁を解くと、新太がはああ、と切なさと苦悶が入り交じった大きなため息をついて、恨めしそうにさくらを見たから、笑ってしまう。
「なに?」
「……俺が言いたいこと、わかっているクセに。さくらさんひどいよ。こんな状態で、おいてけぼりなんて」
口を尖らせてそういう新太にむかって、さくらが愛おしいそうにそっと左手を伸ばす。新太も細くて白いその指先を、すぐにつかんで握りしめる。絡めたニ人の指には同じ銀色の指輪。
「早くかえってくるから」
「……うん。行ってらっしゃい」
さくらは行ってきますと微笑む。新太が名残惜しげに手を離すと、黒髪をさらりと揺らして、でかけていった。パタリと締まるドア。
「結局、さくらさんには敵わないんだよな」
新太ははあ、と大きなため息をついたあと、苦笑してしまう。
大学に入ったばかりの頃、生まれて初めて恋に落ちた。あれから以来ずっと、さくらへの想いは変わらない。
むしろ結婚して夫婦にまでなったのに、好きだと思う気持ちが、日増しに強くなっていく。想いが色褪せる気配がない。
こんなふうに心を焦がすような感覚はいつかは落ち着くのかもしれない。それでも穏やかに静かに、さくらに恋し続ける。きっと一生。
大きく伸びをする。いつの間にか、頭を覆っていたぼんやりした感じは抜けていた。唇に笑みを残したまま、新太はリビングに向かって歩き出す。
今日もまた、新しい一日が始まった。
『First Love』了
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