第六章 熱

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「そうしたほうがいいよ。こっちに歩いてきた時から、なんだかふらついているなって思ったの。私、家まで送るから」 「えっ!」  予想もしていなかったさくらの言葉に激しく動揺した。叫んだ勢いでまた連続で咳がでてしまう。そんな新太をさくらが心配そうに見つめる。 「さあ、行こう? 早く帰って寝ないと」  優しくそういってくれるさくらの言葉に、自動的に頷いてしまいそうになる。  けれど彼女はリクルートスーツを着ている。このあと就活の予定があるにちがいない。自業自得で具合がわるくなった自分に、付き合わせるのは申し訳なかった。 「俺、本当に大丈夫ですから。ひとりで帰れます。それにさくらさん、このあと就活があるんでしょう?」  ぴしっとしたリクルートスーツに身を包んださくらをみつめる。タイトなスーツのラインが妙に色っぽい。そう考えてしまったら、勝手に気まずくなって視線を逸らした。 「説明会、午後からだし時間はあるから大丈夫。そんなに具合が悪そうなのにほっとけないよ。立てる?」  さくらはこのことばかりは譲れない、という感じで断固とした口調でそういった。  三人兄弟の真ん中である新太は、さくらと同い年の兄にこういう口調で言われることは慣れていた。ただし、兄にはすごい剣幕で言い返すのに、さくらには喜んで従ってしまう。 「立てます」  そういいながらも、立ち上がろうとしたら、やっぱりふらついてしまった。
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